フェンダー・ベースV

フェンダー・ベースV：革新と挫折の物語

1965年から1970年という短い期間に、フェンダー社によって製造されたフェンダー・ベースVは、エレクトリックベースの歴史において特筆すべき存在です。なぜなら、世界で初めて5弦を採用したベースギターだったからです。レオ・フェンダーの革新的なアイデアは、当時の音楽シーンに新たな可能性を提示するものでした。しかし、その挑戦は市場での成功には結びつかず、わずか約1000本という少ない生産数で歴史の片隅に消えていきました。その背景には、楽器としての設計上の問題と、時代を先取りしすぎた革新のジレンマがありました。

斬新なデザインと仕様

ベースVは、フェンダーの伝統的なボディデザインを踏襲しつつ、高音側にC弦を追加した5弦ベースです。プレシジョンベースよりも3インチ長いボディにもかかわらず、フレット数は15フレットと、一般的なベースよりも少なくなっています。この設計は、当時としては非常に斬新なものでしたが、それが後の市場における不評につながる要因の一つとなりました。

弦間隔が狭く、演奏性に難があったこと、また、慣れ親しんだ4弦ベースからの移行が困難だったことも、ミュージシャンに受け入れられなかった理由でしょう。さらに、15フレットという仕様は、演奏できる音域を制限しているように感じられた可能性もあります。当時、エレクトリックベース自体が新しい楽器であり、演奏技術や楽器設計の伝統が確立していなかったという時代背景も、ベースVの普及を阻んだ要因の一つと言えます。

高音へのアプローチと市場の反応

ベースVの5弦目の追加は、高音域の拡張を目的としていました。ベース奏者は、より高いフレットまで手を伸ばすことなく、高音を奏でることが可能になります。しかし、最高音はE♭で、4弦ベースであるジャズベースやプレシジョンベースと比較して、音域の拡大は限定的なものでした。この点も、ミュージシャンにとって魅力が薄かった理由の一つと考えられます。

市場の反応は冷淡で、ベースVは1970年に生産終了となります。わずか約1000本という生産数は、その人気、あるいは不人気を物語っています。フェンダー社はその後、現在の主流となっているLow-B弦を追加した5弦ベースを発売し、成功を収めています。この成功は、ベースVの試行錯誤の歴史の上に成り立っていると言えるでしょう。

著名な使用者と歴史的意義

ベースVは、市場での成功には至らなかったものの、ジェームス・ジェマーソンやレッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズなど、著名なベーシストに使用されたことで、その歴史的意義は揺るぎません。彼らがベースVを選んだ理由、そしてどのようにその楽器を使いこなしたのかを知ることは、この楽器の真価を理解する上で重要な要素となるでしょう。彼らの演奏によって、ベースVは時代を超えた魅力を放ち続けています。

ベースVは、市場における成功という点では失敗作だったかもしれません。しかし、世界初の5弦ベースとして、エレクトリックベースの歴史における重要な一歩を踏み出したことは間違いありません。その挑戦と挫折は、後世の楽器開発に多大な影響を与え、現在の多様なベースのラインナップにつながっていると言えるでしょう。

もう一度検索