フォルトゥナ (ルーベンス)

ピーテル・パウル・ルーベンス作『フォルトゥナ』

『フォルトゥナ』（西: La Fortuna, 英: Fortune）は、バロック期を代表するフランドルの画家、ピーテル・パウル・ルーベンスが1636年から1638年頃に制作した油彩画です。この作品は、ローマ神話の運命の女神フォルトゥナを主題としており、ルーベンスの晩年の作風を示す重要な作品の一つとされています。

主題：運命の女神フォルトゥナ

フォルトゥナは、アプレイウスの著作『黄金のろば』で、盲目であり、不公平な裁定を下す女神として描かれています。彼女は、相応しくない者を助け、悪人が栄える一方で、善人が苦しむという、人間の運命の不確かさを象徴しています。また、ホラティウスにおいては、フォルトゥナは船乗りたちが恐れる海の女王として言及されており、その移り気な性格から、不安定な球体や風の変わりやすさを象徴する帆を持つ姿で表現されています。

制作の背景

本作は、スペイン国王フェリペ4世が、自身の狩猟館トゥーレ・デ・ラ・パラーダの装飾のためにルーベンスに発注した大規模なプロジェクトの一環として制作されました。このプロジェクトでは、神話画63点、狩猟画50点を含む膨大な数の作品が依頼されましたが、ルーベンスは、ヤーコプ・ヨルダーンスやヤン・ブックホルストなどの画家たちに制作の一部を委託しました。ルーベンス自身が完成させたのは、本作を含めた約15点に過ぎないとされています。完成した作品群は1638年にマドリードへ送られました。

作品の詳細

絵画の中のフォルトゥナは、荒れ狂う海の上に立ち、鑑賞者の方を向いています。彼女は、両手に移ろいやすい運勢を象徴する帆を持ち、左手を大きく振り上げています。背景の海は、左側が穏やかなのに対し、右側は嵐が吹き荒れる様子が描かれており、船乗りの運命を翻弄するかのようです。女神は、足元にある不安定な球体の上を踏みつけており、風をはらんだ帆は大きくはためいています。

ルーベンスは、背景の海と帆を躍動感のある筆致で描き出し、暖色と寒色の対比によって画面に活気を与えています。特に、動きのあるポーズをまとめるデッサン力は卓越しており、女性の肌の温かみや柔らかさを感じさせます。ベルリン絵画館に所蔵されている習作と比較すると、完成作では構図が変更されており、フォルトゥナのポーズがより前進的でダイナミックなものになっています。この変更は、トゥーレ・デ・ラ・パラーダの装飾事業の直前に制作された「クォス・エゴ」の女性像からの影響も指摘されています。

フォルトゥナは古代の物語とは直接的な関係はなく、運勢の擬人像として描かれることが一般的でしたが、本作においても同様です。トゥーレ・デ・ラ・パラーダのために制作された他の作品が、オウィディウスの『変身物語』を典拠とするギリシア神話に基づいているのに対し、本作は物語性を持たない点が異彩を放っています。同様の作品として、「メルクリウス」、「サテュロス」、「理性」などが知られており、これらの作品はルーベンスが工房と協力して制作したとされています。

図像的な着想源としては、ルネサンス期の法学者アンドレーア・アルチャートの『エンブレム集』に描かれたフォルトゥナが挙げられます。そこでは、フォルトゥナは不安定な球体の上に立ち、両手で帆をつかんでいますが、ルーベンスはこれを参考に、フォルトゥナをダイナミックなポーズで描いたと考えられます。

来歴

『フォルトゥナ』は、1701年にトゥーレ・デ・ラ・パラーダの記録に残されており、1714年の火災を生き残りました。その後、王立サン・フェルナンド美術アカデミーを経て、1834年にプラド美術館の前身である王立絵画彫刻美術館に収蔵されました。

参考文献

ウェルギリウス『アエネーイス』
アプレイウス『黄金の驢馬』
『プラド美術館展スペインの誇り巨匠たちの殿堂』
ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』

外部リンク

プラド美術館公式サイト
 ピーテル・パウル・ルーベンス『フォルトゥナ』（スペイン語）
* ピーテル・パウル・ルーベンス『フォルトゥナ』（英語）

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