フタバスズキリュウ

後期白亜紀、およそ8500万年前の地球、現在の日本列島付近の海に、一頭の大型爬虫類が生息していました。その名はフタバスズキリュウ（学名：Futabasaurus suzukii）。長い首を持つこの生物は、海生爬虫類の中でもプレシオサウルス上科に属するエラスモサウルス科の一員です。日本の古生物学の歴史において、このフタバスズキリュウは非常に特別な存在です。なぜなら、日本国内で発見された初めての首長竜の化石標本だからです。

歴史的な発見とその意義

フタバスズキリュウの物語は、1968年（昭和43年）に始まります。当時高校生だった鈴木直氏が、福島県いわき市を流れる大久川の河岸に露出していた地層から、偶然にもその化石を発見しました。発見場所となったのは、後期白亜紀の地層である双葉層群玉山層入間沢部層にあたる場所でした。

この発見は、当時の日本の古生物学界に大きな衝撃を与えました。なぜなら、それまで日本列島のような比較的小さな大陸塊からは、首長竜や恐竜のような中生代の大型爬虫類の全身骨格が見つかることはないだろう、というのが専門家の間での定説だったからです。フタバスズキリュウの発見は、この定説を見事に覆し、日本国内でも大型化石の発見が可能であることを証明しました。この成功体験は、その後の日本各地での化石発掘活動を大いに活性化させ、専門家だけでなく多くのアマチュア研究者が発掘に情熱を注ぐきっかけとなりました。

形態的特徴と保存状態

フタバスズキリュウは、エラスモサウルス科の中でもいくつかのユニークな特徴を持っています。例えば、目と鼻の間隔が他の種と比べてより広く、脛骨が長い点、そして鎖骨と間鎖骨の接合部分の形状などが、この種を識別するための重要なポイントとされています。

化石から推定される全長は約7メートル。しかし、この推定値は、惜しくも首の部分の化石が失われていることによるものです。一方で、驚くべきことに、首以外の骨格、すなわち全身の約70%に相当する化石がほぼ完全に近い形で残存していました。これは非常に稀有なケースであり、フタバスズキリュウの全身像を復元する上で貴重な情報を提供しています。

化石が発掘された場所からは、大量のサメの歯も同時に発見されました。さらに、その一部のサメの歯は、フタバスズキリュウの骨に刺さった状態で発見されています。この状況から、この個体がサメに襲われて命を落とした可能性や、あるいは死後にサメの群れに捕食された可能性が考えられています。

命名までの長い道のり

「フタバスズキリュウ」という和名は、発見者の苗字である「鈴木」氏と、化石が発見された地層名「双葉」層群に由来しています。発見から間もない頃、調査のために来日した著名な古生物学者サミュエル・ウェルズ氏に敬意を表し、「ウェルジオサウルス・スズキイ」という学名が提案されたこともありました。しかし、当時の研究では、この化石が既存のどの種とも異なる新属新種であると断定するには至りませんでした。

そのため、正式な学名が与えられるまでには、発見から実に38年もの長い歳月が必要でした。2006年（平成18年）になってようやく、国立科学博物館の佐藤たまき氏（当時特別研究員）と真鍋真氏（主任研究員）、そして群馬県立自然史博物館の長谷川善和氏（当時館長）らの研究チームによって詳細な研究が進められ、新属新種であることが正式に確認されました。そして、満を持して「Futabasaurus suzukii」という学名で記載論文が発表されたのです。この研究には、佐藤研究員の「カレ」（化石の愛称）と呼ぶほどの熱意があったとされ、長谷川氏もその情熱がなければ記載はさらに遅れただろうと語っています。模式標本（タイプ標本）は国立科学博物館に収蔵され、そのレプリカは福島県のいわき市石炭・化石館などで公開されています。

ちなみに、「フタバスズキリュウ」の学名である「Futabasaurus」という属名が、これより前の1990年に、同じ双葉層群から発見された獣脚類（通称フタバリュウ）に対して提唱されたことがありました。しかし、これは正式な記載文を伴わない、いわゆる「裸名（nomen nudum）」であり、学名としての有効性がなかったため、フタバスズキリュウの学名記載において問題になることはありませんでした。

「首長竜」という言葉の誕生

フタバスズキリュウの発見は、日本語における古生物の名称にも影響を与えました。「クビナガリュウ（首長竜）」という言葉は、フタバスズキリュウの発見に際して、当時の研究者であった長谷川善和氏によって考案されたものです。それまで、「Plesiosauria」を直訳した「トカゲに似た物」では意味が分かりにくく、「長頸竜」や「蛇頸竜」など複数の呼び方が混在し、統一されていませんでした。また、一般の人々の間では、首長竜と恐竜の区別さえ曖昧な状況でした。フタバスズキリュウの発見を機に、分かりやすい「首長竜」という言葉が提案され、広く使われるようになったのです。このことは、古生物学の知識が一般に普及する上でも重要な役割を果たしました。

日本で初めて発見された首長竜として、また日本の古生物研究の発展に大きく貢献したフタバスズキリュウは、今も多くの人々に記憶される存在であり、その化石は日本の貴重な財産として大切にされています。

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