フランソワ・フェヌロン

フランソワ・ド・サリニャック・ド・ラ・モート＝フェヌロン：信仰と知性、そして理想国家

1651年、フランス南西部のペリゴール地方に生まれたフランソワ・ド・サリニャック・ド・ラ・モート＝フェヌロン（通称フェヌロン）は、神学者、作家として17世紀フランスにおいて大きな足跡を残しました。高貴ながらも貧しかった彼の家系は古く、祖先の中にはサルラの司教を務めた者もいたといいます。多くの兄弟姉妹を持つ環境で育ち、幼少期から家庭教師のもとギリシア語や古典を学びました。16歳でカオール大学に進学し、哲学と修辞学を修めた後、叔父の縁でサン＝シュルピス神学校で神学を学びました。ソルボンヌ大学にも通い、後にパリ大司教となるアントワーヌ・ド・ノワイユと出会うなど、恵まれた環境で勉学に励みました。

1677年にはカオール大学から神学博士号を授与され、同年にサルラの司祭に任命されます。卓越した説教で高い評価を得て、1679年にはパリ大司教の任命とともに、改宗した女性のための教育機関の監督にも就任しました。その後、カルンナックの僧院に住む時期を経て、1686年には、後に論敵となるジャック・ベニグン・ボシュエと親交を深めます。

ルイ14世によるナントの勅令廃止後、プロテスタントへの布教活動が盛んに行われるようになり、フェヌロンもボシュエの推薦でサントンジュ地方に派遣されます。そこで3年間、ユグノーへの改宗勧誘活動を行いながら、同時に王への書簡を通じて地方における軍隊の抑制を訴えるなど、穏健な姿勢を貫きました。また、この頃には神秘主義者として知られるジャンヌ・ギュイヨンと出会い、親密な文通を交わしました。1689年にはブルゴーニュ公の家庭教師となり、その教育に当たりました。

1695年にはカンブレーの大司教に叙任されます。しかし、彼の生涯に大きな影を落とすキエティスム論争が勃発します。ギュイヨン夫人が異端の嫌疑で投獄されたことに端を発するこの論争で、フェヌロンはボシュエと対立することとなります。王の支持を得たボシュエに対し、フェヌロンは反論を試みましたが、最終的には自身の著作を撤回せざるを得ませんでした。しかし、この出来事を通じて、フェヌロンは世論の支持を得ることにも繋がりました。

キエティスム論争のさなか、1699年に発表されたのが彼の代表作『テレマックの冒険』です。この長編小説は、プラトン哲学の影響を受けた理想国家を描写し、フェヌロンのユートピア思想を鮮やかに表現しています。明晰な文体でルイ14世の絶対王政を批判的に描いたこの作品は、政治思想史においても重要な位置を占めています。フェヌロンは、温厚で徳の高い人物として知られ、ブルゴーニュ公をはじめとする多くの貴顕から尊敬を集めました。スペイン継承戦争においても、イギリスのマールバラ公がフェヌロンの教区での戦闘を控えたという逸話が残されています。

古典への深い造詣と、豊かな想像力、繊細な感性を持ち合わせたフェヌロンは、神秘主義的なカトリックの著作家としても高く評価され、ボシュエ、パスカルと並び称される存在となりました。彼の著作は後のシャトーブリアンにも影響を与えたとされています。彼の著作は多岐に渡り、『テレマックの冒険』以外にも、『女性の教育について』、『牧師の職務について』、『聖人の格言の解説』など、宗教、教育、政治など様々なテーマを扱った作品を残しています。フェヌロンは、信仰と知性、そして理想国家を追い求めた稀有な人物であったと言えるでしょう。

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