フランツ・ブレンターノ

フランツ・ブレンターノ：現象学の父と「ブレンターノ・パズル」

フランツ・クレメンス・オノラトゥス・ヘルマン・ブレンターノ (1838-1917) は、オーストリア出身の哲学者、心理学者であり、20世紀の哲学に多大な影響を与えた人物です。彼の名は、現象学の創始者であるエドムント・フッサールをはじめ、アレクシウス・マイノングといった著名な哲学者たちに強い影響を与えたことで知られています。ブレンターノ自身は、哲学に「志向性」という概念を再導入し、作用心理学の基礎を築いたことでも有名です。さらに、論理学においては独自の判断理論を展開しました。

しかし、ブレンターノの現代における状況は特異です。「最も引用される哲学者の一人でありながら、最も研究されることの少ない哲学者の一人」と評されるほど、彼の思想は現代哲学において見えにくくなっています。この現象は「ブレンターノ・パズル」と呼ばれ、現代哲学におけるブレンターノの「不可視性」が問題視されています。

波乱万丈の生涯

ブレンターノは、1838年、バイエルン王国のアシャフェンブルク近郊で、イタリア系ドイツ人の名門家庭に生まれました。叔父にドイツ・ロマン主義の作家クレメンス・ブレンターノ、叔母に女流詩人ベッティーナ・フォン・アルニムという、芸術家肌の血筋を引いています。弟は経済学者として名を馳せました。敬虔なカトリック家庭で育ち、ミュンヘン、ヴュルツブルク、ベルリン、ミュンスターの各大学で哲学と神学を学びました。

1862年にテュービンゲン大学で学位を取得後、1864年にはカトリック司祭に叙階されます。1866年にはヴュルツブルク大学で教授資格を得ましたが、哲学的な探求の末、カトリック教義に疑問を持つようになり、1873年に司祭職を辞任。この決断は波紋を呼び、ヴュルツブルク大学も去ることとなり、1874年にはウィーン大学に移ります。同年には代表作『経験的立場からの心理学』を出版しました。ウィーン大学では教授職を務めた後、私講師となり、1884年から1886年にかけてフッサールが彼の講義に出席していました。1895年に教職を辞し、フィレンツェに移住、第一次世界大戦勃発後の1914年にはチューリッヒに移り、1917年に79歳で没しました。

思想の変遷：アリストテレス主義からもの主義へ

ブレンターノの思想は、大きく3つの時期に分けられます。

まず、初期のアリストテレス主義の時期。ブレンターノは、ドイツ観念論の思弁性を批判し、アリストテレス哲学を高く評価しました。彼は哲学に自然科学的方法論を適用しようとした点で、当時の哲学界に異彩を放っていました。ヴュルツブルク大学講師就任時には「哲学の真の方法は自然科学の方法にほかならない」というテーゼを提示しています。

次に、デカルト主義の時期。経験主義的な立場から心理学を再構築しようとした時期です。ブレンターノは心理学を「心の学」ではなく「心的現象に関する学」と定義し、内的知覚を研究の中心に据えました。特に注目すべきは、「志向性(Intentionality)」という概念の導入です。これは、あらゆる心的現象が何らかの対象に向けられているという概念であり、ブレンターノの哲学を特徴づける重要な概念です。彼は、心的現象と物的現象を区別する基準としてこの志向性を用いました。

晩年のもの主義(reism)の時期。ブレンターノは、心的現象が非実在的な対象を対象とすることができるという従来の見解を放棄し、「実在的なもの」のみが対象となりうるという立場をとるようになりました。この転換は、彼の存在論における重要な変化を示しています。

主要な業績

ブレンターノの業績は多岐に渡りますが、特に重要なのは以下の３点です。

1. 志向性の再導入: スコラ哲学から派生した志向性の概念を現代哲学に持ち込み、心的現象の特質を明らかにしました。この概念は、現象学や認知科学に大きな影響を与えました。
2. 知覚の理論: 知覚は必ずしも世界の現実を正確に反映するとは限らないという独自の知覚理論を提唱しました。外的知覚は仮説であり、真実は内的知覚にのみ存在するという主張は、彼の経験論的立場を表しています。ただし、晩年にはこの見解を修正しています。
3. 判断の理論: 論理学においては、独自の判断理論を展開し、全ての判断は存在命題に還元できるという主張をしました。彼の判断理論は、現代論理学に影響を与えただけでなく、現象学にも通じる側面を持っています。

ブレンターノの影響と現代における再評価

ブレンターノの思想は、フッサールを始めとする現象学派のみならず、分析[[哲学]]にも影響を与えました。彼の弟子や、彼に影響を受けた哲学者たちの集団は「ブレンターノ学派」と呼ばれ、20世紀の哲学に多大な影響を与えました。しかし、前述のように、現代におけるブレンターノの研究は必ずしも進んでいません。この「ブレンターノ・パズル」を解き明かす試みは、現代哲学における重要な課題の一つと言えるでしょう。彼の膨大な著作群の再検討と、彼の思想を現代哲学の文脈で再解釈する努力が、今後ますます求められています。

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