フリーク (チャップリンの映画)

チャップリンの夢、未完の映画『フリーク』

『フリーク』（The Freak）は、喜劇王チャールズ・チャップリンが晩年に製作を熱望したものの、ついに完成を見ることのなかった幻の映画です。チャップリンの死後、脚本や絵コンテなどの貴重な資料がチャップリン家に保管されており、その断片から作品の構想を垣間見ることができます。

あらすじ：翼を持つ少女サラファの物語

物語の舞台は南米アルゼンチン。そこで発見された翼を持つ少女サラファは、たちまち世間の注目を集めます。「人か？鳥か？天使か？」と好奇の目に晒され、検疫の対象として追われる日々を送るサラファ。彼女を教祖に祭り上げようとする誘拐犯まで現れ、事態は混迷を深めていきます。サラファを待ち受けるのは、悲劇的な運命でした。

製作の経緯：ヴィクトリア・チャップリンとの出会いと別れ

『フリーク』の製作構想は、1966年頃、『伯爵夫人』の製作中に始まりました。チャップリンが監督と脚本を担当し、演出には『ライムライト』以降の側近ジェローム・エプスタインが起用されました。主役のサラファには、チャップリンの三女ヴィクトリア・チャップリンが予定されていました。チャップリンは、ヴィクトリアのコメディエンヌとしての才能と、その物憂げな眼差しに魅了されていたと言います。

サラファ役が決まると、チャップリンはヴィクトリアのために翼を試作したり、1969年3月には特撮スタッフとの打ち合わせを行ったりするなど、精力的に準備を進めました。2年かけて脚本を執筆し、作中で使用する楽曲の作曲も終えていました。

しかし、1969年、ヴィクトリアはフランスの俳優ジャン＝バティスト・ティエレと恋に落ち、彼のサーカス団に駆け落ち同然で参加してしまいます。この出来事は、チャップリンに大きな衝撃を与えました。ヒロインの降板という予期せぬ事態にもかかわらず、チャップリンはその後も『フリーク』への情熱を失うことはありませんでした。1972年にアカデミー名誉賞を受賞するために20年ぶりにアメリカを訪問した際には、「『フリーク』の背景の合成をやりやすくしてくれそうな新しいカメラを見たかったから」とジョークを飛ばし、1975年に『巴里の女性』の音楽を手がけた後も、脚本の修正を続けました。自伝『映画のなかのわが人生』でも『フリーク』について触れ、「いつの日かその映画を作るつもりだ」と記しています。

しかし、1977年12月25日、チャップリンは静かに息を引き取り、『フリーク』は永遠に未完の作品となってしまいました。

『フリーク』に込められたテーマ：寛容

イタリアのチャップリン研究家チェチリア・チェンチャレーリは、『フリーク』のテーマを「寛容」であると述べています。翼を持つサラファを通して、チャップリンは社会の寛容さを訴えようとしたのかもしれません。寛容というテーマは、かつてチャップリンの盟友であったD・W・グリフィスの大作『イントレランス』でも取り上げられており、奇しくも二人の巨匠が同じテーマに挑んでいたことになります。

誤解と真実：ミュージカルではなかった『フリーク』

日本においては、映画評論家の淀川長治が『フリーク』を「ミュージカル映画になるはずだった」と紹介したため、「『フリーク』＝ミュージカル」という認識が広まりました。しかし、チャップリン家に残された資料から、実際にはミュージカル映画ではなかったことが判明しています。

主題歌："You Are the Song"

チャップリンは、『フリーク』のために美しい主題歌"You Are the Song"を作曲しました。グレン・アンソニーが作詞を手掛け、日本語詞は大野裕之が担当しています。

『フリーク』は、チャップリンの晩年の情熱と、社会へのメッセージが込められた、まさに幻の作品です。完成を見ることはありませんでしたが、その構想は今もなお、多くの人々を魅了し続けています。

もう一度検索