フルート、ヴァイオリンとチェンバロのための三重協奏曲 (バッハ)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「フルート、ヴァイオリンとチェンバロのための三重協奏曲 イ短調 BWV1044」は、独奏楽器としてフルート、ヴァイオリン、そしてチェンバロという珍しい組み合わせを持つ協奏曲です。この作品はしばしば単に「三重協奏曲」とも呼ばれ、現代の演奏会ではチェンバロのパートをピアノで演奏することも一般的となっています。

作品の背景と成立

バッハはチェンバロのための協奏曲を複数作曲しており、2台や3台のチェンバロを用いた作品を含めると15曲ほどが現存しています。これらのチェンバロ協奏曲の多くは、バッハ自身のヴァイオリン協奏曲や他の作品を編曲したものであることが知られています。BWV1044もまた、既存の自作を基に再構成された、いわゆる編曲作品である可能性が高いと考えられています。

この協奏曲の正確な作曲時期については確定していませんが、バッハがライプツィヒでコレギウム・ムジクムを指揮していた1729年以降、特に1738年から1740年頃に成立したと推定されています。しかし、作曲者の自筆譜は現存せず、現在伝わる筆写譜にも一部欠落が見られるため、バッハがどのような意図や状況でこの作品を書いたのか、詳細な背景は不明瞭なままです。

編曲の根拠

BWV1044が編曲作品であると推測される最も有力な根拠は、作品中にバッハの他の楽曲からの旋律が明瞭に引用されている点にあります。例えば、第1楽章と第3楽章では、チェンバロ独奏のための『前奏曲とフーガ イ短調 BWV894』の旋律が用いられています。特に第3楽章は、BWV894のフーガを基盤としつつ、オーケストラパートを新たに加えることで協奏曲形式に作り変えられています。また、中間楽章である第2楽章には、オルガンのための『トリオ・ソナタ第3番 ニ短調 BWV527』の第2楽章（アンダンテ）の美しい旋律が転用されています。

これらの引用は、バッハが既存の音楽素材を創造的に再利用し、新しい楽器編成や形式に合わせて再構成する卓越した編曲技法を示しています。

楽曲構成

この三重協奏曲は、伝統的な急-緩-急の3つの楽章で構成されており、全曲の演奏時間は約22分です。

第1楽章：アレグロ
イ短調、4分の3拍子。オーケストラの弦楽器が、どこか憂いを帯びた情熱的な性格を持つ主題を提示します。この主題はその後、フルートによって受け継がれ、続いてヴァイオリンが呼応するように歌い交わします。独奏楽器群の中でも、チェンバロは特異な役割を担っており、ほとんど休みなく16分音符による3連符のパッセージを絶え間なく刻み続け、楽曲に推進力を与えています。

第2楽章：アダージョ・マ・ノン・タント・エ・ドルチェ
ハ長調、8分の6拍子。この楽章ではオーケストラは休止し、フルート、ヴァイオリン、チェンバロの3つの独奏楽器のみによる室内楽的なアンサンブルが展開されます。旋律はカノンのように互いを追いかけ、繊細に絡み合いながら、穏やかで慈しみに満ちた、内省的な雰囲気を醸し出す美しい緩徐楽章です。

* 第3楽章：テンポ・ディ・アラ・ブレーヴェ
イ短調、2分の2拍子。終楽章は、BWV894のフーガ主題を核としています。このフーガ主題に、新たに作曲されたオーケストラによる前奏、間奏、後奏が効果的に挿入される形式で構築されています。これにより、元のフーガが持つ構造的な強固さに加え、協奏曲としてのダイナミズムと劇的な緊張感が加わり、力強く、そして技巧的なフィナーレを形成しています。

現代における演奏

前述の通り、現代の演奏ではオリジナルのチェンバロに代えて、現代ピアノが使用されることが一般的です。これは、ピアノの普及や現代の聴衆が慣れ親しんだ響きによるものですが、ピアノの多様な表現力によって作品に新たな解釈がもたらされることもあります。この三重協奏曲は、バッハの編曲技術の巧妙さを示す一例であると同時に、ユニークな楽器の組み合わせが生み出す魅力的な響きにより、今日でも演奏機会の多い重要な作品の一つとして位置づけられています。

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