フローラ (レンブラント、エルミタージュ美術館)

レンブラント・ファン・レイン作『フローラ』：永遠の愛を謳う傑作

17世紀オランダ黄金時代の巨匠、レンブラント・ファン・レインが1634年に制作した油彩画『フローラ』は、彼の妻サスキア・ファン・オイレンブルフをモデルにしたとされる、ロマンティックで力強い作品です。ローマ神話の春の女神フローラを題材に、若く美しいサスキアを豪華絢爛な衣装で描き、見る者を魅了します。

制作背景：永遠の愛の証

1633年の婚約、そして1634年の結婚。この作品は、レンブラントとサスキアにとってまさに人生の新たな幕開けを告げる年に制作されました。レンブラントは、この頃の作品を通して、結婚という喜びとサスキアへの深い愛情を表現しています。例えば、婚約からわずか3日後には、花を手にしたサスキアの素描を残しており、その中には「これは1633年6月8日に婚約してから3日後の21歳の妻です」という彼の署名があります。他にも、サスキアの肖像画とされる作品がいくつか残されており、『フローラ』はその中でも特に有名な作品です。

レンブラントはその後もサスキアをモデルに『フローラ』を繰り返し描いています。複数のバージョンが存在し、ロンドンのナショナル・ギャラリーやドレスデン美術館など世界各地の美術館に収蔵されています。それぞれの作品は微妙に異なり、レンブラントの画技の進化や、サスキアへの変わらぬ愛情の深まりを垣間見ることができます。晩年の作品にはサスキアの死後の制作とされるものもあり、その悲しみと記憶が色濃く表現されています。

作品：春の女神を体現するサスキア

この『フローラ』で描かれるサスキアは、22歳。金糸を織り込んだ緑色の豪華な衣装を身にまとい、頭には花冠、右手に花を絡ませた杖を持っています。鮮やかな緑のマントを肩に掛け、胸元ではスカーフを交差させています。横向きに立ち、少し首を傾げて微笑むサスキアの表情は、幸福感と気品に満ち溢れています。丸い瞳、ふっくらとした唇、そしてティアドロップ型の真珠のイヤリング。緩くカールした栗毛の髪は顔周りを縁取り、肩から背中に流れ落ちます。赤い花々はサスキアの頬の色と美しく調和し、絵全体に華やかさを添えています。

レンブラントは、豊かな色彩と繊細な筆致でサスキアの美しさと女性らしさを際立たせています。豪華な衣装と宝飾品、そしてサスキアの控えめながらも自信に満ちたポーズは、絶妙なコントラストを生み出し、絵画に特別な魅力を与えています。牧歌的な雰囲気と歴史的な肖像画の要素を巧みに融合させた、まさにレンブラントの技量が光る作品と言えるでしょう。

絵画の来歴と謎：タイトルの変遷と発見

『フローラ』は長い歴史の中で、幾度かタイトルを変更されてきました。所有者の変遷の中で、「羊飼いの女に扮した女性の肖像」などと呼ばれた時期もありました。17世紀前半のオランダでは、肖像画に羊飼い風の衣装を使うのが流行しており、その影響を受けていた可能性があります。また、エルミタージュ美術館の初期の記録では「若いユダヤ人」や「偉大なユダヤ人の花嫁」と呼ばれていた時期もありました。

しかし、レンブラントの弟子たちが制作した作品に関する記録から、真のタイトルが「フローラ」であることが判明しました。この発見は、美術史家たちの長年の謎を解き明かす重要な出来事でした。レンブラントの素描の裏に記された弟子たちの作品販売記録は、美術史における重要な一次資料となっています。

所蔵とその後：エルミタージュ美術館へ

18世紀にはアムステルダムのヘルマン・アーレンツ卿が所有していましたが、その後、ロシア皇帝エカチェリーナ2世によって購入され、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に収蔵されることになりました。現在でも、エルミタージュ美術館の至宝として、多くの人々を魅了し続けています。 1956年には、レンブラント生誕350年を記念する展覧会で展示され、X線撮影による科学的調査が行われました。

レンブラントの『フローラ』は、単なる肖像画を超え、新婚当時の彼の喜びとサスキアへの深い愛情、そして時代背景までを反映した、まさに歴史的価値の高い作品です。その美しさ、そして歴史的経緯を知ることで、さらに深くこの絵画の魅力に浸ることができるでしょう。

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