ブアレム・サンサル

ブアレム・サンサルは、1949年アルジェリア生まれのフランス語作家です。アルジェリア独立後の歴史、社会、政治、宗教をテーマにした小説やディストピア小説で国際的に高い評価を得ています。特に2015年に発表した『2084 世界の終わり』は、イスラム主義的全体主義国家を描き、同年アカデミー・フランセーズ小説大賞を受賞しました。

サンサルの生い立ちも興味深いものです。5歳の時に父親を亡くし、祖父の影響で早くからフランス文化に親しみました。大叔母は、アルジェリア独立後も政財界に大きな影響力を持つ女性でした。彼の2011年の小説『ダーウィン通り』は、この大叔母の半生を描いた作品であり、多くの実話を基にしていると言われています。

アルジェ国立理工科大学で工学、経済学の学位を取得したサンサルは、大学教員を経て国家公務員となり、産業省に勤務しました。NASAからの採用オファーを断るほど、当初は公務員としての仕事に満足していたようです。しかし、女性解放、環境保護、政教分離といった問題への関心の高まりから、執筆活動を開始します。

1999年発表のデビュー作『蛮人の誓い』は高い評価を受け、デビュー小説賞とトロピック賞を受賞しました。続く作品でもアルジェリア社会の闇、特に「闇取引、宗教、官僚主義、犯罪・暴力、独裁者の賛美」などを厳しく批判しました。そのため、2003年、政権批判を理由に産業省を解雇され、以降、多くの作品がアルジェリア国内で発禁処分となります。

サンサルの批判は解雇後も続き、2006年の随筆『アルジェ局留め』では、アルジェリア政府の蛮行を糾弾しました。この本は発禁となり、サンサルは脅迫を受けるなど厳しい状況に置かれます。彼は、アルジェリア市民の革命への期待が挫折し、イスラム原理主義の台頭、内戦へと繋がった歴史を明らかにすることで、国民の意識改革を促そうとしていました。

2008年の作品『ドイツ人の村』では、ナチス親衛隊員としてアルジェリア独立戦争に参加した人物の物語を通して、ユダヤ人大虐殺、アルジェリア内戦、フランスのアルジェリア移民の現状など、複雑な歴史的、社会的問題を描きました。この作品も、ナチズムとイスラム原理主義の類似性を指摘した点などで、激しい批判を浴びました。しかしサンサルは、アラブ世界におけるユダヤ人大虐殺の過小評価や人種差別を批判し、イスラム教の改革、脱植民地化を訴えました。この作品は複数の文学賞を受賞しました。

サンサルは、2008年のパリの書籍展にも、アラブ諸国のボイコット呼びかけにも関わらず参加しました。彼は「文学は戦争ではない」と主張し、イスラエル政府を支持するわけではないと明確に述べています。2011年の小説『ダーウィン通り』でアラブ小説賞を受賞しましたが、その後イスラエル訪問を理由に受賞を取り消されるという出来事もありました。

『2084 世界の終わり』は、シャルリー・エブド襲撃事件、パリ同時多発テロ事件の直後に発表されたディストピア小説です。ジョージ・オーウェルの『1984年』を彷彿とさせるこの小説は、イスラム原理主義的全体主義国家を描写し、大きな反響を呼びました。その後も、テロリズムと難民問題を描いた『エアリンゲン列車』など、ディストピア小説を発表し続けています。

2018年にはフランス共和国ライシテ委員会のライシテ賞を受賞し、受賞スピーチでフランスの政教分離の重要性を強調しました。彼はアルジェリアに在住し続け、亡命を考えながらも、母国を去ることをためらっています。国を去るべきは権力者であり、自ら行動を起こすことで国民に模範を示したいと考えているからです。

サンサルは、フランスやドイツを中心に高い評価を得ていますが、マグレブ諸国出身の自由主義、進歩主義的なイスラム学者たちからも支持を受けています。彼の作品は、アルジェリアの歴史と社会問題を深く理解する上で重要な視点を提供してくれるでしょう。

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