ブチヒゲカメムシ

ブチヒゲカメムシ

ブチヒゲカメムシ（学名：Dolycoris baccarum）は、カメムシ目に属する昆虫で、カメムシ科の一種です。その名の通り、触角に黒褐色の斑模様があるのが特徴です。ユーラシア大陸に広く分布し、農業分野においては農作物の重要な害虫として認識されています。

形態と生態

ブチヒゲカメムシの幼虫は、非常に多様な植物を食草とします。マメ科やキク科の植物をはじめ、ダイコン、ゴマ、ニンジン、ゴボウ、イネといった私たちが栽培する様々な作物も食害の対象となります。このような広範囲な食性は、農業害虫としての側面を強める要因の一つです。

本種の年間の発生回数は、生息する地域によって大きく異なります。寒冷な北海道では、中央部で年に2回（春から初夏と秋）、東部では年1回または一部で2回発生が見られます。これに対し、東北地方では年に2回、温暖な西日本では年に3回発生することが知られています。この発生回数の違いは、その地域の気候、特に日照時間や気温の影響を強く受けています。

成虫は秋から冬にかけて休眠に入りますが、この休眠を誘導する主な要因は日照時間です。しかし、気温も休眠の開始や終了に影響を与えます。興味深いことに、同じ日照時間に対する休眠反応は地域によって異なり、例えば北海道東部と西日本の大阪では、休眠を始めるために必要な日照時間に2時間以上の差があることが研究で示されています。これは、地域ごとに異なる環境に適応した結果と考えられています。

ブチヒゲカメムシには天敵も存在します。特に、アカヒョウタンハリバエというヤドリバエの一種は、ブチヒゲカメムシの成虫に寄生します。このヤドリバエは、カメムシの体内に卵を産み付け、孵化した幼虫は寄主の体内で成長します。幼虫が十分に育つと、寄主は死に瀕し、ハリバエの幼虫は体外に出て蛹になります。ある調査では、夏季（6月から8月）に比較的高率でブチヒゲカメムシがこのハリバエに寄生されており、これは成虫の重要な死亡原因の一つとなっています。

分布

ブチヒゲカメムシは、ヨーロッパからアジアにかけて広がる旧北区に広く分布しています。日本国内では、北海道、本州、四国、九州のほか、朝鮮半島や中国にも生息が確認されています。この広い分布域も、多様な環境への適応能力の高さを示唆しています。

人間との関わり（農業被害）

ブチヒゲカメムシは、その広範な食草と吸汁性のために、農作物に深刻な被害をもたらす害虫として知られています。未熟な状態の米粒、豆、野菜の種子や実などから口針を刺して汁を吸い取ります。吸汁された部分は栄養不足となり、変色したり、正常に成長しなかったりといった生育不良を引き起こします。特に被害が問題視されている作物には、ダイズ、イネ、ゴマ、トマト、ニンジン、ネギ、ゴボウなどがあります。

ダイズに対する被害として特筆されるのは、ダイズ子実汚斑病の媒介です。ブチヒゲカメムシは吸汁の際に、Eremothecium coryli というカビの一種をダイズの莢内に持ち込み、子実に感染させることがあります。この菌が原因で、ダイズの種子が汚れて商品価値が低下する子実汚斑病が発生します。他のカメムシ、例えばホソヘリカメムシもこの病気を媒介しますが、ある調査ではブチヒゲカメムシの菌保菌率はホソヘリカメムシより低い傾向が見られました。しかし、隔離された条件下での栽培試験では、ブチヒゲカメムシもホソヘリカメムシと同程度の数のダイズ粒を加害することが示されており、決して無視できない存在です。ただし、個々の加害粒で見ると、ホソヘリカメムシに比べて被害の程度は小さいという報告もあります。

また、イネに対する被害も重要です。稲穂の籾から吸汁することで、米粒に黒や褐色の斑点ができる、いわゆる「斑点米（はんてんまい）」を発生させます。斑点米が混じった米は品質が著しく低下し、商品としての価値が大きく損なわれてしまいます。たとえ少量の斑点米であっても等級が下がるため、農家にとっては深刻な問題となります。

このように、ブチヒゲカメムシは多様な作物に直接的な吸汁被害を与えるだけでなく、病原菌を媒介することで間接的な被害も引き起こすため、農業において防除が必要な害虫の一つです。

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