ブリタンニクス

ローマ帝国第4代皇帝クラウディウスと、その3番目の妻メッサリナの間に生まれた皇子。本名をティベリウス・クラウディウス・カエサル・ブリタンニクスといい、紀元41年2月12日に誕生しました。第5代皇帝ネロにとっては義理の弟であり、ネロの最初の妻クラウディア・オクタウィアとは同母の姉弟にあたります。

波乱に満ちた短い生涯

誕生時、「ゲルマニクス」の名で呼ばれていたブリタンニクスは、3歳になった44年、父クラウディウスがブリタンニアをローマ帝国の属州とした際の戦勝を記念して「ブリタンニクス」の名を与えられました。この名は、父帝の輝かしい業績を象徴するものとして、幼い皇子に冠せられたのです。

しかし、その順風満帆に見えた皇子の人生は、母メッサリナの失脚によって大きく揺らぎ始めます。48年10月、父クラウディウスがローマを離れている隙に、母メッサリナは浮気相手であったガイウス・シリウスと正式な結婚式を挙げました。これは皇帝に対する反逆と見なされ、メッサリナは即座に処刑されてしまいます。

母を失った父クラウディウスは、翌49年に自身の姪にあたる小アグリッピナと再婚しました。この再婚により、ブリタンニクスは新たな継母を迎えることになります。さらに、小アグリッピナの連れ子で3歳年上のルキウス・ドミティウス・アヘノバブルス（後のネロ）が義理の兄として家族に加わりました。それまで皇帝の唯一の息子として帝位継承の最有力候補であったブリタンニクスの立場は、この新しい家族の存在によって微妙なものとなっていきます。

継母となった小アグリッピナは、自身の息子を次期皇帝にすることを強く望んでいました。彼女は、まずブリタンニクスの姉であるオクタウィアを息子ネロと婚約させ、さらに50年2月25日には息子をクラウディウス帝の養子とさせます。この養子縁組によって、小アグリッピナの息子は「ネロ」と呼ばれるようになり、法的にはブリタンニクスと同等の地位を得ました。その後も小アグリッピナは影響力を行使し、ネロは51年には皇帝の公式な相続人に指名されるなど、次第にブリタンニクスを凌駕する存在となっていきます。

54年に父クラウディウスが世を去ると、帝位に就いたのはブリタンニクスではなく、義理の兄であるネロでした。ネロが皇帝となったことで、先帝の血を引くブリタンニクスの身は極めて危険な状況に置かれます。そして、55年、ブリタンニクスが14歳の誕生日を迎える前日、彼はネロによって晩餐の席で暗殺されました。ネロはブリタンニクスの死因をてんかんの発作によるものだと公表したといわれています。わずか13歳での非業の死でした。ブリタンニクスの遺体は皇帝廟に葬られましたが、彼はユリウス＝クラウディウス朝において、この場所に最後に祀られた人物となりました。

死後の記憶と影響

ブリタンニクスの死によって、クラウディウス帝の男系の血筋は断絶しました。女系の子孫も、同母姉オクタウィアが後にネロによって処刑されるなど、多くが短命に終わっています。

スエトニウスの記録によれば、ブリタンニクスには後のローマ皇帝ティトゥスと親しい友人関係がありました。ティトゥスはウェスパシアヌス帝の息子で、幼い頃宮廷で養育されており、ブリタンニクスより2歳年上でした。ティトゥスは後にブリタンニクスの死の晩のことを回想し、毒を少し口にして長い間病に臥せっていたと述べています。彼は親友であったブリタンニクスの追憶のために像を建て、記念のコインを発行したといわれています。

後世においても、ブリタンニクスの悲劇的な生涯は人々を惹きつけました。特に17世紀フランスの劇作家ジャン・ラシーヌは、彼の生涯を題材にした悲劇『ブリタニキュス』を書き上げています。また、現代日本の作家、藤本ひとみの歴史小説『愛してローマ夜想曲』などでも、その人物像が描かれています。

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