ブルック・グリーン組曲

グスターヴ・ホルストが1933年に作曲した弦楽合奏のための組曲、『ブルック・グリーン組曲』作品番号H.190は、彼の創作活動晩年に位置する重要な作品の一つです。この作品は、彼が生涯深く関わったセント・ポール女学校の若手奏者たちに向けて書かれました。作曲の背景には、ホルストが病床にありながらも、単なる既成曲の編曲や、技量を要する作品の簡略化ではなく、学生たちの技術レベルに合わせて演奏しやすい、しかし音楽的な質の高いオリジナル作品を提供したいという強い意図がありました。

概要

本作が書かれたのは、ホルストがこの世を去るわずか一年前、彼が病と闘っていた時期です。それにも関わらず、作品は生気に満ち、若々しいエネルギーを感じさせます。作品の名称である「ブルック・グリーン」の由来については諸説あります。一つには、ホルストが1901年に妻イゾベルと結婚した場所であること、あるいは女学校が小川（brook）に近い立地であることなどが考えられていますが、最も広く受け入れられている説は、セント・ポール女学校が実際にロンドンのハマースミス地区、ブルック・グリーンに所在していることに由来するというものです。ホルストの創作活動後期においては、伝統的な調性や形式から離れた実験的な作品が多く見られますが、この組曲はそれらと比較すると、より古典的で伝統的な音楽語法に基づいています。これは、若い演奏家たちが学習する上で理解しやすいよう配慮された結果とも言えるでしょう。

楽曲構成

組曲は以下の3つの楽章で構成されています。

1. 前奏曲 (Prelude)
2. エア (Air)
3. 舞曲 (Dance)

元々は第4楽章として「ガヴォット」が含まれていましたが、後述する非公式初演の後に削除され、現在の3楽章構成となりました。

第1楽章「前奏曲」はハ長調の音階を基調としています。活発なリズムと動きが特徴で、特にチェロパートが2オクターヴにわたる広い音域をダイナミックに動き回ることで、楽曲に推進力と色彩を与えています。若い奏者にとっては、音階練習や音域の広いパッセージを学ぶ良い機会となるでしょう。

第2楽章「エア」は、イングランド民謡を思わせるような、抒情的で美しい旋律が和声と共に奏でられます。しかし、この旋律は既存の民謡から取られたものではなく、ホルスト自身による創作です。この楽章の構造や対位法的なテクスチャには、同時期に書かれた弦楽合奏のための『抒情的断章』との類似点が見られます。エンハーモニックな響きを用いつつも、全体としては厳格な構成を保っており、ホルストの音楽語法の深みを感じさせます。

終楽章「舞曲」は、ホルストがかつてイタリアのシチリア島に滞在した際に耳にした旋律に触発されて書かれたとされています。陽気でリズミカルな音楽が展開され、組曲を賑やかに締めくくります。異国情緒を感じさせる旋律が、弦楽合奏の持つ豊かな響きによって魅力的に表現されています。

初演とその後

『ブルック・グリーン組曲』は、1934年にセント・ポール女学校で行われた非公式な演奏会で初演されました。この演奏会にはホルスト自身も出席し、学生たちの演奏を聴きました。皮肉なことに、これがホルストが自らの作品の演奏を直接聴くことのできた、生涯最後の機会となりました。この初演の後、当初含まれていた第4楽章「ガヴォット」は削除され、現在演奏される3楽章版が最終形となりました。

この組曲は、教育目的で書かれた作品でありながらも、ホルストらしい個性と音楽的な完成度を兼ね備えています。若手弦楽オーケストラのレパートリーとしてだけでなく、プロのオーケストラによっても演奏され、広く親しまれています。ホルストの教育者としての一面と、晩年の創作活動の一端を示す貴重な作品と言えるでしょう。

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