ブンとフン

『ブンとフン』：井上ひさしによるナンセンスユーモアの傑作

1970年、朝日ソノラマのジュブナイル小説シリーズから刊行された井上ひさしのデビュー作『ブンとフン』。本作は、1969年にNHKラジオ第1放送でラジオドラマとして放送された作品を小説化したものです。当初は子供向けを想定していましたが、その独特のナンセンスユーモアと風刺は、大人にも高い評価を得ています。

物語の概要

売れない小説家であるフン先生は、自身の書いた小説『ブン』が予想外のヒットを記録します。主人公ブンは、四次元空間を自在に移動し、どんな人物にも変身できる万能な大泥棒です。しかし、小説の設定があまりにも破格だったため、なんとブンが小説の世界から現実世界に飛び出してしまいます。

ブンは世界中を大混乱に陥れ、自由の女神像にソフトクリームを持たせたり、大仏を移動させたり、動物園のシマウマの縞模様を盗んだりするなど、奇想天外な事件を引き起こします。やがて、形あるものを盗むことに飽きたブンは、人間の虚栄心や記憶といった形のないもの、そして最終的には「権威」を盗み始めるのです。

小説『ブン』は12万部発行されたため、12万人のブンが現実世界に現れ、世界はさらに大混乱に陥ります。警察長官クサキサンスケは、文字通り悪魔と契約を交わすほどに追い詰められ、フン先生を人質に取り、ブンを逮捕しようとします。最終的には、ブンたちは懲役317年の判決を受け、全国各地に建設された豪華な刑務所で生活することになりますが、実はこれもブンの作戦の一部だったのです。快適な刑務所での生活を知った人々が、自ら泥棒を始めるという、皮肉な結末を迎えます。

登場人物

フン先生: 売れない小説家。貧乏で、チラシの裏に原稿を書くほどですが、高い自尊心と独特の才能を持っています。ブンとの奇妙な関係を通して、成長を遂げていきます。
ブン: フン先生の小説『ブン』の主人公。四次元の大泥棒で、超人的な能力を持っています。
クサキサンスケ警察長官: ブン逮捕に執念を燃やす警察長官。論理的な思考を信奉する一方、ブンには全く歯が立ちません。
アサヒ書店の社長: フンの小説『ブン』の出版元社長。
悪魔: クサキ警察長官がブンを逮捕するために呼び出した悪魔。
山形東作: 元小説家で盗作の天才。後にクサキ警察長官からブンのライバルとなる「偽ブン」の小説執筆を依頼されます。
* 偽ブン: 山形東作が書いた小説『続・ブン』の主人公。本物のブンに劣る能力しか持ちません。

戯曲『それからのブンとフン』

1974年には、井上ひさし自身の手によって戯曲『それからのブンとフン』が制作されました。小説版とほぼ同じ内容で始まりますが、その後日談が加えられ、結末が大きく変更されています。小説版では、日本国民が泥棒を始めるというカオスな結末でしたが、戯曲版では、世界中のブンたちがゴビ砂漠で大会を開き、内紛によってほとんどが消滅し、世界は元の状態に戻ります。

この結末変更の背景には、1970年安保闘争への井上ひさしの考えの変化が反映されています。小説版の結末は、社会変革への無力感と理想主義的な期待が混ざったものでしたが、戯曲版では、より現実的で、皮肉な結末が採用されました。

様々なメディア展開

『ブンとフン』は、小説、ラジオドラマ、戯曲の他に、朗読劇にもなっています。それぞれのメディアで表現方法や解釈が異なり、多様な楽しみ方ができます。

作品の評価

『ブンとフン』は、そのナンセンスユーモアと風刺性、そして社会への鋭い洞察によって、高い評価を受けています。日本のナンセンス文学の傑作の一つとして、今なお多くの人々に愛されています。

まとめ

『ブンとフン』は、井上ひさしの才能を世に知らしめた記念碑的作品です。単なるユーモラスな物語ではなく、社会への鋭い批判と、人間の愚かさ、そして希望を巧みに織り交ぜた、奥深い作品と言えるでしょう。様々なメディア展開を経て、現代にも通じる普遍的なテーマを投げかけてくれます。

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