ヘレン・ブルック・タウシグ

ヘレン・ブルック・タウシッグ（1898年5月24日 - 1986年5月20日）は、アメリカ合衆国の小児科医、心臓病学者として、20世紀の医学史に大きな足跡を残した人物です。

マサチューセッツ州ケンブリッジに生まれたタウシッグは、父が教授を務めていたハーバード大学への入学を希望しましたが、当時の社会状況から女性医学者の道を閉ざされ、ボストン大学で組織学を学びました。その後、解剖学教授の勧めで、女性も入学を認められていたジョンズ・ホプキンス大学医学部に入学（1923年）、卒業後は小児科医としてキャリアをスタートさせました。

彼女の研究対象は、先天性心疾患を患う子どもたちでした。当時、導入されたばかりだったX線透視装置などを用いて患者の観察を進める中で、タウシッグは「ブルーベビー症候群」と呼ばれるチアノーゼ（皮膚や粘膜が青紫色になる症状）を引き起こす疾患、特にファロー四徴症に注目しました。その中で、動脈管開存症を合併する子供はチアノーゼの症状が比較的軽いこと、動脈管が閉鎖すると症状が悪化する点に気づき、画期的な着想を得ます。

タウシッグは、人工的に動脈と肺動脈の間にバイパス血管を接続することで、ファロー四徴症患者の肺血流を改善し、チアノーゼ症状を軽減できる可能性を見出しました。しかし、彼女は外科手術の専門家ではなかったため、手術の実現には外科医の協力を必要としていました。

まず、世界で初めて動脈管開存症の手術に成功したボストンの外科医ロバート・グロスに協力を依頼しましたが、拒否されました。しかし、その後、動脈管開存症の手術経験のあるアルフレッド・ブレイロク外科医に協力を要請したところ、ブレイロクはタウシッグのアイデアに強い関心を示し、助手のヴィヴィアン・トーマスと共に犬を用いた実験を開始しました。

実験の結果を元に、彼らは鎖骨下動脈と肺動脈を接続するブレロック・タウシッグ短絡路手術を開発しました。1944年11月29日、この画期的な手術は、生後11か月のファロー四徴症の女児を対象に初めて行われ、成功を収めました。その後、1950年末までに1037人の患者がこの手術を受け、1963年の調査では、連絡の取れた799人のうち685人が術後2か月以上、441人が術後15年以上生存していることが確認されました。

ブレロック・タウシッグ短絡路手術の成功は、先天性心疾患治療における大きな進歩であり、世界中の多くの患者の命を救うことに繋がりました。タウシッグの貢献は、医学界に大きな衝撃を与え、彼女自身も数々の賞を受賞しました。

タウシッグの研究は手術法の開発に留まりませんでした。1947年には『心臓の先天的奇形』を執筆するなど、医学研究・教育にも貢献しました。また、サリドマイド服用による奇形児出産問題がドイツで発生した際、いち早く問題の危険性を認識し、アメリカ議会や医学界に警告を発しました。人工流産の支持者でもあり、65歳まで小児科医として活躍しました。

引退後も心臓の進化に関する研究を続け、「脊椎動物における心臓の進化を理解することは人間の心臓の生涯を理解するのに役立つ」という独自の理論を展開しました。鳥類の心臓を研究対象とし、論文を執筆していましたが、1986年5月20日、自動車事故により急逝しました。享年88歳。惜しまれつつも、医学史に大きな功績を残した彼女の生涯は、多くの後進にインスピレーションを与え続けています。

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