ヘンリク・ジガルスキ

ヘンリク・ジガルスキ（Henryk Zygalski）は、1908年にドイツ帝国領ポーゼン（現在のポーランド、ポズナン）で生まれた、ポーランドの傑出した数学者であり暗号学者です。彼は第二次世界大戦において、ドイツ軍の暗号機エニグマの解読という、歴史的な偉業に不可欠な貢献をしました。

若き才能と暗号局での活動

ポズナン大学で学んだ後、ジガルスキは1932年9月から、ワルシャワのサスキ宮殿にあったポーランド軍参謀本部第2部暗号局に民間の暗号学者として迎えられました。ここで彼は、大学の同窓生であり、同じく暗号学の専門訓練を受けたマリアン・レイェフスキ、そしてイェジ・ルジツキと机を並べることになります。この三人の協力こそが、難攻不落と見なされていたエニグマ暗号の謎を解き明かす鍵となりました。彼らは共同で、エニグマが生成する複雑な暗号を読み解くための革新的な手法と装置の開発に心血を注ぎました。

「ジガルスキのシート」の発明

特にジガルスキの個人としての重要な貢献の一つは、「ジガルスキのシート」と呼ばれる解読補助具の開発です。これは1938年後半、ドイツ軍がエニグマの暗号化手順をさらに複雑化させたことに対応するために生み出されました。このシートは穴が開けられた紙片の束で構成されており、特定のパターンに合わせて重ね合わせることで、エニグマの毎日の鍵設定を推定するのに役立ちました。この方式の画期的な点は、エニグマのプラグボード（信号経路を複雑にするための接続）の設定数に左右されないことでした。これは、それまでの解読手法が複雑化の対応に苦慮していた中で、極めて有効な突破口となりました。

戦時中の亡命と戦後

1939年にポーランドがドイツに侵攻され国家が消滅した後、ジガルスキは他の多くの同胞と同様、イギリスへの亡命を余儀なくされました。彼は戦後もイギリスに留まることを選択し、サリー大学で数理統計学の講師として教鞭を執りました。彼の暗号解読における輝かしい過去の成果は、公務機密法によって生涯を通じて語ることを禁じられていました。このため、彼の生前にはその多大な貢献が広く知られることはありませんでした。

死後の評価と栄誉

ヘンリク・ジガルスキは1978年8月30日、イギリスのリスにてその生涯を閉じました。遺体は火葬され、ロンドンに埋葬されました。彼の死後、長らく秘密とされてきたエニグマ解読におけるポーランドの数学者たちの功績が徐々に明らかになるにつれて、ジガルスキの貢献も正当に評価されるようになります。

彼が亡くなる少し前、ロンドンのポーランド国外大学からエニグマ解読への貢献を称える名誉博士号が授与されました。さらに、死後にも様々な栄誉が贈られています。

• - 2000年2月21日、ポーランド政府は祖国への多大な貢献を讃え、アレクサンデル・クファシニェフスキ大統領によってポーランド復興勲章大十字勲章が追贈されました。
• - 2007年には、ポズナン宮殿の前に、エニグマ解読方法を開発し、その後の第二次世界大戦における連合国の勝利に貢献したレイェフスキ、ルジツキ、そしてジガルスキを顕彰する記念碑が建立されました。
• - 2009年には、ポーランド郵便がこの三人を描いた記念切手を発行し、その功績を称えました。
• - 2014年、世界で初めてエニグマ暗号を解読した歴史的な功績を認められ、IEEEはレイェフスキ、ルジツキ、ジガルスキにIEEEマイルストーンを授与しました。
• - 同年、ワルシャワのポーランド科学アカデミー数学研究所の前には、彼らを讃える銘板が設置されました。

ヘンリク・ジガルスキの生涯は、類稀なる数学的才能と、祖国の危機に際して秘密裡に尽力した愛国心によって彩られています。彼とレイェフスキ、ルジツキによるエニグマ解読の成功は、連合国に決定的な情報優位をもたらし、第二次世界大戦の終結を早めたと言われています。その功績は、今なお世界中で記憶され、称えられています。

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