ベセーナ

アメリカが生んだ偉大な作曲家、スコット・ジョプリンが1905年に世に送り出したピアノのための独奏曲が『ベセーナ』です。この楽曲は、同年3月6日に著作権が登録されており、ジョプリン自身によって「コンサート・ワルツ」（A Concert Waltz）という副題が添えられています。これは、単なる舞踏会で踊るためのワルツではなく、演奏会という場でじっくりと聴かせることを意図して作曲されたものであることを示唆しています。

この『ベセーナ』は、ジョプリンの個人的な悲しみと深く結びついた作品としても知られています。彼の二人目の妻であったフレディ・アレクサンダーは、結婚からわずか10週間後の1904年9月10日、肺炎により若くしてこの世を去りました。最愛の妻の死というあまりにも大きな喪失を経験した後、ジョプリンが最初に作曲を手がけたのがこの『ベセーナ』であると言われています。この背景を知ることで、楽曲に込められた哀切や、悼みの感情がより深く伝わってくるかのようです。

発表当時の『ベセーナ』は、他のジョプリンの作品と同様に、すぐに広く知られる存在とはなりませんでした。時が経つにつれて人々の記憶から薄れ、長年にわたり忘れ去られた状態が続きました。しかし、20世紀後半に入り、1970年代頃からラグタイム音楽、そしてその創始者であるスコット・ジョプリンの作品全体に対する再評価の機運が高まります。映画『スティング』でジョプリンの楽曲が使われたことも、その大きなきっかけの一つとなりました。こうした中で、『ベセーナ』もまた再発見され、その存在に再び光が当てられることになります。

再発見された『ベセーナ』は、ジョプリンの音楽を深く研究する伝記作家や、多くの音楽批評家たちから高い評価を受けました。彼らは、この作品の音楽的な美しさや構成の妙に加え、作曲背景にある悲劇的な物語性にも着目し、その芸術的な価値を称賛しました。ジョプリンの作品の中でも、特に感動的な背景を持つ楽曲として、今日では広く認識されるようになっています。

一方で、『ベセーナ』という独特なタイトルが何を意味するのか、その由来については残念ながら明らかになっていません。また、この曲の初版楽譜の表紙には、美しい女性の肖像が描かれていますが、そのモデルが誰であったのか、身元は特定されていないままです。これらの未解明な点は、『ベセーナ』という作品にさらなる神秘性を加えています。

『ベセーナ』は、単なる華やかなワルツとしてだけでなく、作曲家の深い悲しみから生まれた個人的な感情が昇華された作品として、聴く者に感銘を与えます。忘れ去られた時代を経て、再び世に出る機会を得たこの楽曲は、ジョプリンの多面的な才能を示す重要な作品の一つと言えるでしょう。

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