ベルト・ザクマン

ベルト・ザクマン



ベルト・ザクマンは、1942年6月12日ドイツに生まれた卓越した細胞生理学者です。彼は、細胞膜に存在する非常に小さな孔である「イオンチャネル」の働きを詳細に理解するための研究と、それを可能にした革新的な技術「パッチクランプ法」を開発した功績により、1991年エルヴィン・ネーアー博士と共にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。彼の研究は、神経細胞や筋細胞などの興奮性細胞における電気信号の発生メカニズムの解明に革命をもたらし、現代の細胞生物学や神経科学に不可欠な基礎を築きました。

経歴



ザクマン博士は、シュトゥットガルトで生を受け、幼少期をリンダウで過ごしました。シュトゥットガルトギムナジウムを卒業後、1967年より医学を志し、テュービンゲン大学、フライブルク大学、ミュンヘン大学といったドイツ国内の主要な大学で学びました。学業を続ける傍ら、1968年にはミュンヘン大学およびミュンヘンのマックス・プランク精神医学研究所にて、神経生理学の権威であるオットー・クロイツフェルト教授のもとで研究キャリアを開始しました。この時期に、彼は神経科学の基礎とその研究手法に触れました。

さらに研鑽を積むため、1971年にはイギリスのロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジへ渡り、生物物理学の先駆者であるベルンハルト・カッツ卿の研究室に所属しました。カッツ卿は神経筋接合部における化学伝達の研究でノーベル賞を受賞しており、ザクマン博士はそこで細胞の電気生理学に関する高度な知識と技術を習得しました。ロンドンでの研究成果として、ネコ網膜が光への明るさにどのように順応するかを電気生理学的に解析した論文を執筆し、1974年にゲッティンゲン大学から博士号を取得しました。

博士号取得後、ザクマン博士は再びオットー・クロイツフェルト教授のもとへ戻りました。クロイツフェルト教授は当時、ゲッティンゲンのマックス・プランク生化学研究所に移籍しており、ザクマン博士はそこで研究を続けました。1979年からは、後にノーベル賞を共に受賞することになるエルヴィン・ネーアー博士が率いる細胞膜の研究グループに参加し、両者の共同研究が本格的に始まりました。

パッチクランプ法の開発と研究の意義



ザクマン博士とネーアー博士が開発したパッチクランプ法は、細胞膜上のわずか数ピコアンペア(兆分の数アンペア)という微弱なイオンの流れを、単一のイオンチャネルレベルで記録することを可能にした画期的な電気生理学的手法です。この技術が登場する以前は、細胞全体のイオン電流しか測定できず、個々のチャネルの挙動や特性を直接調べることは不可能でした。

パッチクランプ法では、先端を特殊加工したガラス製の微小電極を細胞膜にごく密着させ、物理的・電気的にほぼ完全にシールされた状態を作り出します(「パッチ」を「クランプ」する)。これにより、電極の先端にある非常に小さな膜領域、場合によっては単一のイオンチャネルを通過するイオン電流を高感度で測定することが可能になりました。さらに、電極の操作によって、細胞膜からチャネルを含んだ膜断片を分離し、細胞外環境を自由に設定した状態でチャネルの特性を調べる「アウトサイドアウト」や「インサイドアウト」といった多様な記録コンフィギュレーションも実現しました。

この技術により、イオンチャネル細胞膜電位やリガンド(化学物質)によってどのように開閉するか、異なる種類のチャネルがそれぞれどのような透過性や動態を持つかといった、細胞膜の電気的興奮性の根幹をなすメカニズムが詳細に明らかになりました。神経細胞が電気信号を生成し伝達する過程、筋肉が収縮する過程、ホルモン分泌、細胞容積の調節など、生命現象の多くの局面でイオンチャネルが重要な役割を果たしていることが、パッチクランプ法によって次々と明らかにされたのです。この技術は、薬理学、特にイオンチャネルを標的とする薬剤の開発においても不可欠なツールとなっています。

その後のキャリアと受賞



パッチクランプ法の開発とその応用による細胞膜研究の業績が高く評価され、ザクマン博士はエルヴィン・ネーアー博士と共に数々の権威ある賞を受賞しました。

主な受賞歴



1983年 - アルデン・スペンサー賞(エルヴィン・ネーアーと共同)
1986年 - ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞(エルヴィン・ネーアーと共同)
1987年 - ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ賞
1988年 - ルイ=ジャンテ医学賞
1989年 - ガードナー国際賞エルヴィン・ネーアーと共同)
1991年 - ハーヴェイ賞
1991年 - ラルフ・W・ジェラルド賞
1991年 - ノーベル生理学・医学賞エルヴィン・ネーアーと共同)

ザクマン博士はその後、ゲッティンゲン大学の教授を務め、またハイデルベルクにあるマックス・プランク医学研究所の名誉教授として、後進の研究者の指導や科学の発展に貢献しました。彼の開発したパッチクランプ法は、現在も世界中の生理学、薬理学、神経科学の研究室で日常的に使用されており、細胞レベルでの生命現象理解に欠かせない基本技術となっています。ザクマン博士の研究人生は、基礎的な生物物理学の探求がいかに医学や生命科学全体に大きな進歩をもたらしうるかを示す好例と言えるでしょう。

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