ベルナール・スティグレール

ベルナール・スティグレール(1952-2020)は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍したフランスの哲学者です。デリダやシモンドンの思想を深く受け継ぎ、技術と時間、そして社会と技術の複雑な関係性を独自の視点から解き明かしました。彼の哲学は、現代社会における技術の役割を問い直し、人間存在そのもののあり方を問う重要な示唆に満ちています。

スティグレールは、フランスのエソンヌ県でテレビ技術者の父と銀行員の母の元に生まれました。1968年の五月革命に参加し、学校を中退。その後、フランス共産党に所属するなど、若き日は激動の時代を生き抜きました。コンピュータプログラミングのインターンシップを経て農家やウェイターとして働く一方、フランス映画自由学院にも通うなど、多様な経験を積みました。しかし、共産党を離党し、ジャズ喫茶経営の失敗から銀行強盗を繰り返した結果、逮捕され、懲役8年の実刑判決を受けます。

獄中生活において、スティグレールは哲学への道を歩むことになります。トゥールーズ第二大学(現・トゥールーズ・ジャン・ジョレス大学)の哲学教授ジェラール・グラネルの支援を受け、通信講座を受講。刑務所で哲学書を読み漁る中で、ジャック・デリダの『グラマトロジーについて』に強い感銘を受け、デリダ自身に手紙を書きました。そして、1982年にデリダと面会を果たし、出所後はデリダの指導の下、本格的に哲学研究をスタートさせます。

デリダが共同設立した国際哲学コレージュに職を得て、社会科学高等研究院でデリダの指導を受けながら博士号取得を目指しました。1994年、スティグレールは学位論文『技術と時間:エピメテウスの過失』(La Technique et le temps: Tome 1. La faute d'Epiméthée)を発表し、大きな注目を集めます。この論文は、彼の代表作である『技術と時間』三部作の第一巻です。ハイデガーの技術論と時間論を踏まえつつ、人間が生み出した技術が、時間性をどのように規定し、人間存在をどのように規定しているのかを深く考察しています。

その後、フランス国立視聴覚研究所副所長、IRCAM所長、ポンピドゥーセンター芸術監督などを歴任。技術と芸術、コミュニケーション、メディアといった分野にも積極的に関わり、その知見を深めていきました。ポンピドゥーセンター内には、リサーチ&イノベーション研究所を設立するなど、実践的な活動にも力を注ぎました。

スティグレールの主要な著作として、『技術と時間』三部作の他、『現勢化──哲学という使命』(Passer à l'acte)、『愛するということ──「自分」を、そして「われわれ」を』(Aimer, s'aimer, nous aimer)、『象徴の貧困』二部作(De la misère symbolique)などがあります。これらの著作を通して、彼は現代社会の抱える問題、特に技術と社会、人間と技術の関係を鋭く批判的に分析し、未来への展望を示唆しました。

2020年8月6日、スティグレールは自死により亡くなりました。彼の死は、多くの哲学者や思想家、芸術家たちに深い悲しみと衝撃を与えました。しかし、彼の残した思想は、現代社会における技術と人間の関係を考える上で、今後も重要な指針であり続けることでしょう。波乱万丈の人生を送ったスティグレールですが、その思想は多くの人の心に深く刻まれ、未来へと受け継がれていくことでしょう。

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