ベレシート

概要

ベレシート（Beresheet）は、ヘブライ語で「創世記」を意味する名称を持つ月探査機です。イスラエルの非営利団体SpaceILが主導し、同国の航空宇宙産業大手イスラエル・エアロスペース・インダストリーズ（IAI）の協力を得て開発されました。この探査機は、イスラエル初の月到達、そして月面への軟着陸を目指すプロジェクトとして注目を集めました。

2019年2月22日、ベレシートはアメリカ合衆国フロリダ州のケープカナベラル空軍基地第40発射施設から、スペースX社のファルコン9ロケットに搭載されて打ち上げられました。地球周回軌道を経て月へと向かったベレシートは、約1ヶ月半の旅の末、同年4月4日に無事、月の周回軌道への投入に成功しました。

その後の4月11日、いよいよ月面への着陸を決行しましたが、残念ながらこの試みは成功しませんでした。着陸降下中にエンジントラブルが発生し、高度およそ149メートルの時点で機体との通信が途絶。制御を失った探査機はそのまま月面に衝突し、軟着陸には至りませんでした。

着陸成功は逃したものの、ベレシートが月周回軌道に到達し、月面に達したことは大きな功績とみなされました。その成果に対し、かつてGoogle Lunar X Prizeを主催したXプライズ財団が新たに設けたムーンショット賞が贈られ、100万ドルの賞金を獲得しました。

打ち上げまでの経緯

ベレシートの開発プロジェクトは、もともと「Sparrow（スズメ）」という名称で始まりましたが、後にヘブライ語で聖書の冒頭を飾る言葉である「בְּרֵאשִׁית（ベレシート）」に改称されました。

開発当初は、Google Lunar X Prize（GLXP）という国際コンテストへの参加を目的として進められていました。このコンテストは、民間資金による月探査を促進するために企画されたもので、月面への探査機着陸と、その後の月面での活動（500メートル以上の移動など）を競うものでした。ベレシートは2014年4月頃の着陸を目指し開発されていましたが、残念ながらGLXPが定める最終期限までには機体を完成させることができませんでした。

GLXPの要件の一つであった月面での500メートル移動については、ベレシートではロケットエンジンを用いた跳躍による移動が検討されていました。しかし、この方式は推進剤の消費量が非常に多くなるなど技術的な課題が大きかったため、最終的に月面での移動機能は搭載しない設計に変更されました。

もしベレシートが月面への軟着陸に成功していれば、これはアメリカ、旧ソビエト連邦、中国に次いで世界で4番目の国による月面着陸成功事例となるはずでした。また、イスラエル宇宙局（ISA）から一部資金援助（750万ILS）を受けてはいましたが、その大部分は民間からの資金と寄付によって賄われており、事実上、国家主導ではない民間プロジェクトとしては世界で初めて月面に到達する快挙となる予定でした。

諸元

ベレシート探査機の基本的な仕様は以下の通りです。

重量: 約585 kg
直径: 2.0 m
高さ: 1.5 m

ペイロード

ベレシートには、月面での観測や科学実験、さらには地球文明の記録を運ぶための様々な機器やデータが搭載されていました。主な搭載物（ペイロード）は以下の通りです。

磁力計: 月の磁場を測定するための機器。
レーザー再帰反射体: 地球からのレーザー光を正確に反射し、月までの距離を精密に測定するための装置。
カメラ: 月面の高解像度画像や動画を撮影するためのカメラ。
* Lunar Library（ルナ・ライブラリー）: これは、地球と人類の多様な知識や記録を後世に残すことを目的としたデジタルアーカイブです。その内容には、英語版ウィキペディアのデータ全体、ロング・ナウ協会によるウェアラブル・ロゼッタ・ディスク（言語の記録）、PanLexデータベース（多言語辞書）、ヘブライ語聖書、イスラエルの子供たちが描いた絵、宇宙開発に触発された児童書、ホロコースト生存者の回想録、イスラエル国家「ハティクヴァ」、イスラエル独立宣言書の複製などが含まれており、合計3000万ページを超える情報が収録されていました。さらに、このアーカイブには、人間のDNAサンプルや、乾燥状態にされた数千匹のクマムシ（極限環境に強いことで知られる微小動物）も搭載されていました。

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