ベロニカ・フォスのあこがれ

ベロニカ・フォスのあこがれ：没落スター女優の物語とファスビンダーの深淵

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督による1982年の西ドイツ映画『ベロニカ・フォスのあこがれ』（原題：Die Sehnsucht der Veronika Voss）は、白黒映画特有の重厚な映像美と、忘れがたい物語で知られる傑作です。かつて輝かしいスターだった女優の晩年と、彼女を取り巻く人々の姿を通して、映画界の裏側や人間の業を深くえぐり出しています。

物語の舞台は1955年のミュンヘン。戦前、UFAという大手の映画製作会社でスター女優として活躍したベロニカ・フォスは、かつての栄光から遠く離れた、寂しく孤独な日々を送っていました。ある雨の日、彼女は中年のスポーツ記者であるロベルトと出会います。ロベルトはベロニカの過去に興味を持ち、彼女に近付きますが、ベロニカを取り巻く状況は複雑で、彼女自身の精神状態も不安定です。

ベロニカは、かつての夫マックスや、周囲の人々との関係に苦悩しており、薬物依存にも悩まされています。ロベルトは、ベロニカの苦悩に触れながら、彼女を救おうと試みます。しかし、ベロニカは過去に固執し、現実から目を背けようとしています。彼女の苦しみは、映画界という華やかな世界の裏にある、冷酷で非情な側面を浮き彫りにします。

この映画は、ドイツ人女優ジビレ・シュミッツの半生を元に制作されており、ファスビンダー監督自身の経験や考え方が強く反映されているとされています。監督は、映画製作における権力構造や、商業主義に翻弄される人間の姿を描いています。ベロニカの苦悩は、ファスビンダー監督自身の苦悩と重なり、見る者に強い衝撃を与えます。

『ベロニカ・フォスのあこがれ』は、ファスビンダー監督の「西ドイツ三部作」の一つとして位置付けられており、『マリア・ブラウンの結婚』（1979年）、『ローラ』（1981年）と並んで高く評価されています。特に、この作品は監督の遺作とされており、その事実が映画にさらに深みを与えています。

著名な英文学者で批評家の由良君美氏は、この映画をビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』を彷彿とさせると述べています。また、ファスビンダー監督の苦しい生き様そのものが反映された作品であり、監督の生涯と作品が一体となった稀有な例であると評しています。

白黒の映像は、映画全体に重厚な雰囲気を与え、過去の栄光と現在の悲惨さの対比を際立たせています。ベロニカの演技は、彼女の複雑な感情を繊細に表現しており、観る者の心に強く訴えかけてきます。

『ベロニカ・フォスのあこがれ』は、単なるメロドラマではなく、映画界の虚構と現実、人間の尊厳と弱さ、そして過去と現在との葛藤を描いた、深く考えさせられる作品です。ファスビンダー監督の圧倒的な演出力と、俳優たちの見事な演技が相まって、この映画は、多くの映画ファンを魅了し続ける、不朽の名作として語り継がれています。第32回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したことは、その高い評価を裏付けるものです。ビデオパッケージでは『ヴェロニカ・フォスのあこがれ』という邦題表記も存在します。

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