ペイロオス

ペイロオスは、古代ギリシアの伝説において語り継がれる人物の一人である。その父はイムブラソスとされる彼は、遠く離れたトラーキアの地から、かの有名なトロイア戦争へと参戦した勇士である。

戦いが十年目に入り、トロイアが強大なアカイア軍の攻勢に苦しむ中、多くの同盟国が救援に駆けつけた。ペイロオスもまた、同胞たるアカマースと共にトラーキアの精強な軍勢を率いて、トロイアへの加勢を決意する。彼らは勇猛なトラーキア兵を伴い、エーゲ海を渡ってトロイアの防衛線に加わった。彼らの参戦は、長期にわたる戦いで疲弊していたトロイアにとって、新たな力をもたらすものとして期待されたであろう。

詩人ホメロスが詠った不朽の叙事詩『イーリアス』において、ペイロオスの名は特に戦闘の初日、すなわち両軍が全力をぶつけ合い、多くの英雄たちが血を流し、命を散らした激しい一日の中で描かれている。この日、アカイア軍とトロイア・同盟軍の間で壮絶な戦闘が繰り広げられる中、ペイロオスもまた、最前線で勇猛に戦っていた。

激しい戦いの最中、ペイロオスはアカイア軍の中でも武勇に秀でたエーリス出身の武将ディオーレースと相まみえた。二人の英雄は戦場で向き合い、互いの力を試すべく激突した。荒々しい戦場の喧騒の中、トラーキアの勇士ペイロオスは、相対するアカイア軍の武将ディオーレースに狙いを定めた。彼はその手に抱えたほどもある大きな石塊を、鍛え上げられた腕力をもってディオーレース目掛けて渾身の力で投げつけた。唸りを上げて飛ぶ石は、的確にディオーレースの胸元、あるいは肩に命中した。その衝撃は凄まじく、鎧の上からでも骨に響くほどであっただろう。ディオーレースは呻き声を上げながら、体勢を崩し、砂塵舞う戦場に仰向けに倒れ伏した。

敵将が地に倒れたその瞬間、ペイロオスは勝利の機会を見逃さなかった。彼は素早い動きで倒れたディオーレースのもとへ駆け寄り、手にした剣、あるいは槍で容赦なく突き刺し、その息の根を止めたのである。エーリスの名将ディオーレースは、こうしてペイロオスの手によって非業の死を遂げた。この武功により、ペイロオスは戦場において顕著な存在感を示し、トラーキア、そしてトロイア軍に一時的な歓声をもたらした。

しかし、戦場における運命の女神は気まぐれである。ペイロオスがディオーレースを討ち取った直後のこと、その武功に目を留めたアカイア軍の勇士がいた。それは、アイオリス地方を統治する王オイノスの息子であり、アカイア軍の中でも名高い武将の一人であったトアースである。トアースは、味方の武将が討たれた怒りと、ペイロオスという敵将を討つ好機と見て、彼に向かって猛然と迫った。ペイロオスがディオーレースを討ち取った喜びや安堵（あんど）に浸る間も与えず、トアースは迷いなく、手にした鋭い青銅の槍をペイロオス目掛けて投げ放った。

その槍は風を切り裂いて飛来し、防御する間も与えずにペイロオスの脇腹深くに突き刺さった。刃は彼の内臓を貫通し、致命的な傷を与えた。ペイロオスは激しい痛みに苦悶の叫び声を上げた。その場に立っていることができず、彼の体は崩れ落ちるように砂塵の上に倒れ伏した。彼は抵抗する力もなく、そのまま息絶え、トロイアのために戦ったその生涯を終えたのである。

このように、ペイロオスはトロイア戦争における多くの英雄たちの一人として、『イーリアス』の中で短いながらもその存在と武勇、そして劇的な最期を刻んでいる。イムブラソスの子として生まれ、アカマースと共にトラーキア軍を率いてトロイアを救援し、ディオーレースを討つという輝かしい武功を挙げた直後、自身もまた敵の手に倒れるという彼の生涯は、叙事詩が描く壮大な戦いの一コマとして、古代の物語の中で語り継がれている。

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