ペンギン・カフェ (バレエ)

ペンギン・カフェ

『ペンギン・カフェ』（原題：'Still Life' at the Penguin Cafe）は、イギリスの振付家デヴィッド・ビントレーによって生み出された、環境問題を主題とした革新的な全1幕のバレエ作品です。作曲は、同名の楽団「ペンギン・カフェ・オーケストラ」を率いたサイモン・ジェフスとジェフリー・リチャードソンが手がけています。1988年に初演されて以来、そのユニークなテーマと魅力的な音楽、そして示唆に富む内容で、多くの観客や批評家から高い評価を得てきました。

制作背景と特徴

デヴィッド・ビントレーは、元々ダンサーとしてキャリアをスタートさせ、その後振付家として才能を開花させました。サドラーズウェルズ・ロイヤル・バレエ団（SWRB）やロイヤル・バレエ団（RB）の常任振付家を歴任し、『ペンギン・カフェ』はRB在籍時代の成功作の一つとして知られています。1996年からはバーミンガム・ロイヤル・バレエ団（BRB）の芸術監督を務め、2010年には新国立劇場バレエ団の芸術監督も兼任しました。

この作品のインスピレーション源となったのは、サイモン・ジェフス率いるペンギン・カフェ・オーケストラ（PCO）の音楽です。1970年代に活動を開始したPCOは、その独特なミニマル・ミュージックで知られ、特に1980年代には環境音楽の分野で重要な存在となりました。ビントレーはPCOの音楽が持つコンセプトや多様性に強く惹かれ、彼らの楽曲を用いたバレエの創作を決意します。ただし、PCOのオリジナルの編成はバレエ上演に適さなかったため、オーケストラによる編曲版が使用されています。

1988年3月9日、ロイヤル・バレエ団によって初演されたこの作品は、環境問題をテーマにしたバレエとしては先駆的な存在でありながら、興行的にも大きな成功を収めました。その後、ビントレーが芸術監督を務めるBRBや、新国立劇場バレエ団のレパートリーにも加えられ、世界各地で上演されています。

作品の内容

物語は、絶滅あるいは絶滅の危機に瀕している動物たち、そして人間の姿を通して、環境破壊が進む現代社会への警鐘を鳴らします。作品中に登場する「ペンギン」は、すでに絶滅した海鳥であるオオウミガラスをモデルにしています。ダンサーたちは、ユーモラスでありながらどこか哀愁を帯びたサイモン・ジェフスの音楽に乗せて、それぞれのキャラクターになりきって踊ります。

舞台はまず南極の風景から始まり、ペンギンたちが踊ります。やがて場面は、ウェイター姿のペンギンが現れるおしゃれなカフェへと転換し、様々な動物たちが集まります。タキシードを着た紳士にエスコートされるユタのオオツノヒツジは華麗なショーダンスを披露し、テキサスのカンガルーネズミは活発に飛び跳ねるような踊りを見せます。豚鼻スカンクにつくノミのシーンでは、イギリスの伝統的なモリス・ダンスを踊る男性たちの間にノミが紛れ込みますが、彼らはさほど気にする様子もなく踊り続けます。

しかし、やがて舞台には重い現実が立ち現れます。動物の頭骨を模した帽子とオーストリッチのストールをまとったスタイリッシュな美女たちが現れ、その目前でケープヤマシマウマが銃撃され苦しみながら息絶えます。しかし美女たちはそれに何の関心も示さず、化粧を続けるだけです。次に登場するのは熱帯雨林の家族で、彼らの住処が先進社会の開発や消費によって徐々に失われていく様子が描かれます。続くブラジルのウーリーモンキーは、対照的に陽気なサンバを踊ります。

楽しげだった雰囲気は、次第に不穏なものへと変わっていきます。嵐が起こり、降り始めた酸性雨が踊りを中断させます。動物や人々はパニックに陥り逃げ惑いますが、やがてノアの箱舟を思わせるシェルターに安息の場所を見出します。しかし、シェルターに入り損ねたペンギンだけが舞台に取り残され、悲しげに踊り続ける姿で幕が閉じられます。

評価と影響

『ペンギン・カフェ』は、環境問題という当時としては珍しい、重いテーマを扱いながらも、ビントレー特有のユーモアと皮肉を交えることで、説教臭さを感じさせない軽快な作品に仕立て上げられています。イギリス・バレエの伝統、特にフレデリック・アシュトンへの敬意として、モリス・ダンスのような民俗舞踊を取り入れている点も特徴です。また、作品中ではクラシック・バレエの規範を大きく逸脱する、挑戦的な表現も見られます。

登場する多くのキャラクターが動物を模したマスクや衣装を着用して踊るため、ダンサーは顔の表情に頼らず、身体の動きだけでキャラクターの内面や感情を表現する技術が求められます。実際にこの作品を踊ったダンサーからは、「猿（ウーリーモンキー）は表現が非常に難しい」「カンガルーネズミは運動量がしんどい」「シマウマは作品全体のテーマを象徴する存在」といった声が聞かれます。

作品のメッセージは、シマウマのシーンや終盤で特に明確に示されますが、全体としては直接的な叫びではなく、示唆に富む描写によって観客に多くを考えさせる構成になっています。この点が、作品の深い感動と共感を呼ぶ要因の一つと評価されています。

本作は1991年に英国ロイヤル・バレエ団の公演を収めた映像作品としてもリリースされており、環境問題への関心が高まる現代において、そのメッセージ性は色褪せることなく、今なお世界各地で上演され続けています。

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