ホットダークマター

宇宙の大部分を占めると考えられている未知の物質「ダークマター」には、いくつかの種類が存在します。その一つが「ホットダークマター」（Hot dark matter, HDM）です。ホットダークマターは、光速に近い非常に速い速度で飛び回る粒子によって構成されていると想定されています。

ダークマターとは

まず、ホットダークマターを理解するために、ダークマター全般について触れておきましょう。ダークマターは、私たちが普段目にしている通常の物質（陽子や中性子などで構成される原子など）とは異なり、光や電磁波とほとんど相互作用しません。このため、望遠鏡を使っても直接観測することはできません。その存在が確認されているのは、銀河の回転曲線や銀河団の運動、宇宙の大規模構造の形成、さらには宇宙マイクロ波背景放射の精密な観測データに現れる、ダークマターが周囲の物質に及ぼす「重力的な影響」を通じてのみです。宇宙全体のエネルギーのうち、通常の物質は約5%、ダークマターは約27%を占めると推測されています。

ホットダークマターの課題と宇宙構造形成

ホットダークマターが宇宙の謎を解く鍵となる可能性が探求されましたが、重大な課題に直面しました。初期宇宙において、光速に近い速度で運動するホットダークマターの粒子は、自由に広範囲を動き回ることができました。この性質は、初期の小さな密度のゆらぎが成長し、銀河や銀河団のような宇宙の構造を形成する過程において問題となります。

具体的には、COBE衛星などによる宇宙マイクロ波背景放射の観測から、ビッグバン直後の宇宙は非常に滑らかで均質であったことが明らかになっています。このような滑らかな初期状態から、高速で運動するホットダークマターの粒子だけでは、重力によって物質が効率的に集まり、現在観測されているような個々の銀河や銀河団、つまり宇宙の「小スケール構造」を十分に形成することが難しいと考えられているのです。ホットダークマターは、まず宇宙全体に広がる大きな構造（超銀河団など）を形成し、その後に小さな構造が形成されるという「トップダウン」型の構造形成シナリオを支持しますが、これは観測されている宇宙の構造形成の順序とは合いません。観測的には、まず小さな構造が形成され、それらが集まって大きな構造を形成するという「ボトムアップ」型のシナリオが有力視されています。

現在の位置づけと混合モデル

ホットダークマター単独では宇宙の構造形成を説明できないという課題から、現在では宇宙論におけるダークマターの主流モデルではなくなっています。代わりに、比較的ゆっくり運動する「コールドダークマター」（CDM）や、中間的な速度を持つ「ウォームダークマター」（WDM）といった他の種類のダークマターが注目されています。

しかし、ホットダークマターが全く存在しないというわけではありません。宇宙にはニュートリノのような、ホットダークマターの候補となり得る粒子が存在するためです。そのため、現在では、宇宙の構造形成をより良く説明するため、コールドダークマターを主体としつつ、少量のホットダークマターを含む「混合ダークマターモデル」の一部として議論されることが一般的です。

ホットダークマターの主な候補：ニュートリノ

ホットダークマターの代表的な候補として最も有力視されているのが「ニュートリノ」です。ニュートリノは非常に軽い素粒子で、かつては質量がないと考えられていましたが、近年の研究でごくわずかな質量を持つことがわかっています。

ニュートリノは、自然界に存在する基本的な四つの力（強い力、弱い力、電磁力、重力）のうち、弱い力と重力のみと相互作用します。特に電磁力や強い力とは相互作用しないため、物質を容易に透過し、検出することは極めて困難です。宇宙論的なスケールで見ると、そのわずかな質量と光速に近い速度で宇宙を飛び交う性質から、ホットダークマターとしての特徴を備えていると考えられます。

ニュートリノの研究

ニュートリノの性質、特にその質量を知ることは、ホットダークマター、ひいては宇宙論全体の理解にとって非常に重要です。世界中で様々なニュートリノ観測実験が行われています。

スーパーカミオカンデ: 日本の岐阜県神岡鉱山地下に設置された大型の地下水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置です。太陽ニュートリノ、大気ニュートリノ、超新星ニュートリノ、加速器からのニュートリノなどを観測し、ニュートリノ振動による質量を持つことの証拠を確立するなど、大きな成果を上げています。
その他の実験: ニュートリノの絶対質量を測定するための実験（例: KATRIN実験など）や、宇宙背景ニュートリノを検出するための将来的な実験なども進められています。

これらの実験によってニュートリノの質量がより正確に決定されれば、宇宙におけるホットダークマターの寄与について、さらに詳しいことがわかるでしょう。

まとめ

ホットダークマターは、かつて宇宙のダークマターの主要候補として考えられていましたが、宇宙の構造形成を単独では説明できないという課題に直面しました。しかし、ニュートリノのような高速で軽い粒子が宇宙に存在することは確かであり、現在ではコールドダークマターなど他の種類のダークマターと組み合わせた混合モデルの一部として、その役割や寄与が研究されています。宇宙に存在する謎の物質であるダークマターの全体像を理解する上で、ホットダークマターに関する研究も重要な位置を占めています。

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