ホビー・エバリー望遠鏡

ホビー・エバリー望遠鏡

ホビー・エバリー望遠鏡（Hobby-Eberly Telescope, HET）は、アメリカ合衆国テキサス州にあるマクドナルド天文台に設置されている大型反射式望遠鏡です。その有効口径は9.2メートルに達しますが、従来の大型望遠鏡とは一線を画す、費用対効果を重視した独特の設計思想に基づいています。望遠鏡の建設資金は、テキサス州のビル・ホビー氏とペンシルベニア州のロバート・E・エバリー氏からの多額の寄付によって賄われ、その功績を称えて彼らの名前にちなんで命名されました。

独特の設計と構造

HETの最も特徴的な点は、その観測方式にあります。多くの大型望遠鏡が天体の動きを追って鏡筒全体を動かすのに対し、HETは主鏡をほぼ固定した状態で運用されます。主鏡自体は高度角55度で固定されており、方位角方向のみ限定的に回転します。これにより、複雑かつ高精度な大型架台の製造が不要となり、大幅なコスト削減が実現されています。

では、どのようにして天体を追尾するのでしょうか。HETでは、主鏡で集められた光が集まる焦点面において、観測装置を搭載した構造が精密に移動します。この移動によって視野内の天体を追尾し、最長で約2時間にわたって観測を持続することが可能となっています。この革新的な「固定主鏡＋移動焦点面追跡」システムは、後の大型望遠鏡設計にも影響を与えました。

直径9.2メートルという巨大な主鏡は、一枚の巨大な鏡ではなく、91枚の六角形のガラス鏡を隙間なく敷き詰めて構成された分割鏡方式を採用しています。これは、一枚の巨大鏡を製造・研磨するのに比べて技術的なハードルが低く、コストを抑えるための重要な要素の一つです。分割鏡方式は、主鏡の製造コストだけでなく、メンテナンスや交換の面でも利便性をもたらします。

観測装置と能力

HETは主に分光観測に特化しており、合計3台の高性能な分光計が搭載されています。これらの分光計は、それぞれ異なる波長分解能（高、中、低）を備えており、観測対象や科学目的に応じて使い分けられます。低分解能分光計は主鏡の直焦点付近に配置されていますが、中分解能および高分解能分光計で観測される光は、特殊な光学系や光ファイバーを通して装置まで導かれる仕組みとなっています。これにより、多様なスペクトル情報を高精度で取得することが可能です。

HETの設計上、一度に観測できる視野は比較的狭く、また高度角が固定されているため、特定の天体を観測できるのはその天体が高度約55度の仰角にある特定の時間帯に限られます。しかし、この設計によって実現された低コスト性と、大規模な主鏡による高い集光力は、多数の天体を効率的に分光観測するサーベイ観測などに非常に適しています。

運用と貢献

HETは、マクドナルド天文台を運営するテキサス大学によって運用されています。そのユニークな設計は、大規模な天体サーベイ、特に銀河やクエーサー、星形成領域などの分光観測において大きな成果を上げてきました。特に、宇宙の加速膨張の性質を探るダークエネルギー観測などで重要な役割を果たしています。

HETと同様の設計思想を持つ望遠鏡としては、南アフリカ共和国に建設された南アフリカ大型望遠鏡（SALT）があります。これは、HETの設計を参考に発展させたものであり、HETの設計コンセプトが世界の天文学プロジェクトに影響を与えたことを示しています。

ホビー・エバリー望遠鏡は、従来の巨額なコストを要する大型望遠鏡とは異なるアプローチで、大規模な集光力を実現し、特に分光観測の分野で現代天文学に貢献している、革新的な望遠鏡と言えるでしょう。

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