ホーレス・クリーブランド

ホーレス・W.S.クリーブランド

ホーレス・ウィリアム・シャラー・クリーブランド（H.W.S.クリーブランド、1814年-1900年）は、19世紀後半のアメリカ合衆国で活躍した傑出した造園デザイナーであり、都市の環境問題に対する先駆的な批評家としても知られています。ニューイングランド地方に生まれた彼は、生涯を通じて公共空間の重要性を訴え、未来の都市のあり方を見据えた緑地システム構築に貢献しました。

初期キャリアと転機

1835年から、クリーブランドはアメリカ西部のフロンティアであったイリノイ州で測量士として経験を積みました。この時期の経験は、広大な土地の計測や区画整理といった実務を通じて、後の大規模な景観計画に不可欠な視点をもたらしたと考えられます。その後、東部のニュージャージー州に居を移し、農場を経営しながら園芸への造詣を深めました。地域の園芸振興にも貢献し、ニュージャージー州園芸協会の設立に携わっています。

40歳を迎えた頃、ボストンへ転居し、建築家ロバート・モリス・コープランドと共に働くことになります。この時期、彼はボストン市内の広幅員街路網計画の立案に関わりました。この計画は、後にフレデリック・ロー・オルムステッドが設計するボストンの連続緑地帯、「エメラルドネックレス」構想の基礎となり、都市の緑道システムという新しい考え方を提示しました。

それから約10年後、クリーブランドはブルックリンで、オルムステッドとカルバート・ヴォーが手掛けたプロスペクトパークの設計作業に関わる中で、彼らと再会します。セントラルパークの設計コンペティションなどで以前から顔を合わせていたクリーブランドとオルムステッドですが、プロスペクトパークでの協力を通じて、彼らの間には生涯にわたる深い友情が育まれました。

中西部での活動と試練

1869年、クリーブランドは造園設計を本格的に展開するため、シカゴに移住しました。ここでは土木技師のウィリアム.M.R.フレンチと提携し、数々のプロジェクトを手がけています。彼のキャリアのこの時期は、ミネアポリスをはじめとするアメリカ中西部を中心に、主要な公園や民間開発事業の景観設計依頼が相次ぎました。

この頃、クリーブランドは個人的な困難にも直面していました。妻の病気、1871年のシカゴ大火による会計帳簿の焼失、そして息子の死に伴う法廷闘争など、度重なる試練がありました。これらの経験は、当時の急激な都市化が進む中で見られた無秩序さや問題点に対する彼の視点を鋭くし、その背景から、前年にミネアポリスで行った講演を基にした、アメリカの市街地の状況を批判的に綴った著作を1873年に出版しました。また、シカゴ大火後の1872年には、オルムステッドらが設計したシカゴ南パークの再建にも尽力しています。

ミネアポリス＝セントポール大都市圏の基礎を築く

1873年には造園に関する実践的なガイドブックを刊行し、造園技術の普及にも貢献しました。その後、セントポール近郊のセントアンソニーパークのデザインに関わるなど、中西部での活動範囲を広げます。

1878年から死去するまでの間、クリーブランドの活動の中心はミネソタ州のミネアポリス市と隣接するセントポール市に移りました。この期間、彼は両市におけるほぼ全ての公園事業に関与しています。特に1883年以降は、両市のランドスケープ・アーキテクトとして、その後の都市構造の基礎となる画期的なパークシステムを構築しました。当時、これらの都市はまだ比較的小規模でしたが、クリーブランドは将来の大都市への成長を見越し、市当局を説得して市街地の外側の土地を大規模に購入させ、広大な公園や緑地を整備しました。当時、郊外の土地は安価であり、用地取得が比較的容易だったことがこれを可能にしました。この将来を見越した戦略的な土地の確保と投資は、都市が発展して土地の価格が高騰した現在においても、両市が質の高い素晴らしいパークシステムを維持できている最大の理由となっています。彼の先見の明と粘り強い説得力が、今日の緑豊かな都市景観を支えていると言えるでしょう。

1886年には、講演会での好評を機にミネアポリスに正式に移住し、その後9年間を市内の公園やレクリエーション施設のシステム構築に捧げました。また、セントポールでは、晩年の主要プロジェクトとして、1892年からミネソタ大学のキャンパス開発における造園計画に対し、豊富な知識と経験を提供しました。

「ランドスケープ・アーキテクチャー」の定義者

クリーブランドの業績の中で、特に学術的に高く評価されているのが、1873年に出版した著作『Landscape Architecture, As Applied to the Wants of the West, Chlago』の中で示した「Landscape Architecture」の定義です。日本の造園研究者である江山正美は、この著作を「近代造園学の成立とその内容」という論文（造園雑誌、1968年）の中で詳しく紹介し、ヨセミテの保存やセントラルパーク計画で知られるオルムステッドと並ぶ、アメリカ中西部における重要な造園家としてクリーブランドを位置づけています。

クリーブランドは、「Landscape Architecture」を「造景」と和訳し、その定義を以下のように示しました。

造園（Landscape Gardening）もっと適確には、造景 (Landscape Architecture) は、文明（civilization）の各種の要求に対して、最も便利に（Conveniently）、最も経済的に（economically）、そして最も優美に（gracefully）適合するように、土地（land）を編成（arrange）する技術（art)である。

この定義は、単なる庭園の美しさだけでなく、機能性、経済性、そして土地の総合的な編成という側面を強調しており、当時の一般的な「造園（Landscape Gardening）」の概念を超えたものでした。江山は、この定義が現代のランドスケープ・アーキテクチャーの概念、例えばアメリカランドスケープ・アーキテクト協会（ASLA）が定義する「美学的及び科学的な原理を活用して人間の物理的な環境を改善すること」や、ハーバード大学の造園学科が捉える「安全で、効果的で、保健的で、快適な人間の利用のために、空間や物体を伴いながら土地を編成する技術と科学」といった考え方に通じるものであると指摘しています。そして、一世紀以上前に提示されたクリーブランドの「造園学」（Landscape Architecture）こそが、文字通り近代造園学の萌芽であると結論づけています。

高橋理喜男らによる『造園学』などの現代の学術書においても、クリーブランドのこの定義は「landscape architecture」の概念規定として重要なものの一つとして、英文そのままの形で引用されています。クリーブランドの仕事と著作は、単なる美しい景観の創造に留まらず、都市の持続可能な発展と人々の生活の質の向上に貢献する学問分野としての「ランドスケープ・アーキテクチャー」の基礎を築いたと言えるでしょう。

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