ボーシャン氏のバレエのメロディーに付した詩

『ボーシャン氏のバレエのメロディーに付した詩』（仏語原題： Vers sur un air de ballet de M.de Beauchamp）は、17世紀フランスを代表する劇作家、モリエール（Molière）によって書かれた詩作品です。この詩が具体的にいつ制作されたのかは明らかになっていません。

概要

本詩の題名が示す通り、当時の著名な芸術家であったピエール・ボーシャン（Pierre Beauchamp）が作曲したバレエ音楽のメロディーに合わせて作られた詩と考えられています。モリエールとボーシャンは、ルイ14世の宮廷文化において、演劇、音楽、舞踊といった複数の芸術分野を組み合わせた総合的な舞台芸術を創造する上で、緊密に協力していました。この詩は、彼らの芸術的な連携を示す数少ない証拠の一つとして位置づけられています。

ピエール・ボーシャンという人物

この詩の題名に冠されている「ボーシャン氏」（Monsieur de Beauchamp）とは、まさしくピエール・ボーシャンその人です。彼は単に優れた舞踊家であっただけでなく、革新的な振付師、そして作曲家としてもその才能を発揮しました。ボーシャンは、特にクラシック・バレエの基礎となる「五つのポジション」を体系化した人物としても知られており、当時のフランス宮廷におけるバレエの発展に極めて重要な貢献をしました。彼の多才さは、モリエールのような劇作家との協力を可能にし、多くの革新的な舞台作品を生み出す土壌となりました。

モリエールとボーシャンの共同制作

モリエールとピエール・ボーシャンは、特に「コメディ・バレ」と呼ばれる、喜劇とバレエを融合させた形式の作品において、頻繁に共同作業を行いました。彼らが共に創り上げた作品は多く、現在確認されているだけでも以下の六作品に及びます。

『はた迷惑な人たち』（Les Fâcheux, 1661年）
『強制結婚』（Le Mariage forcé, 1664年）
『町人貴族』（Le Bourgeois gentilhomme, 1670年）
『豪勢な恋人たち』（Les Amants magnifiques, 1670年）
『プシシェ』（Psyché, 1671年）
『病は気から』（Le Malade imaginaire, 1673年）

これらの作品は、モリエールの代表作としても知られ、その後のフランス演劇に大きな影響を与えました。本詩は、このような彼らの長きにわたる共同制作の関係性、そして当時の舞台芸術が多様な要素から成り立っていた状況を理解する上での傍証となります。

詩の成立と伝承に関する不明点

『ボーシャン氏のバレエのメロディーに付した詩』に関しては、その成立時期を特定する直接的な資料が存在しません。また、この詩が具体的にピエール・ボーシャンのどのバレエ音楽の、どの部分のメロディーに合わせて作られ、どのように歌われたのかについても、現在まで詳細なことは分かっていません。

しかし、この詩がモリエールの作品として存在していたこと、そしてある程度の広がりを持っていたことを示す確実な事実があります。それは、1668年に刊行された同時代の詩を集めた詞華集に、この詩が収録されていることです。この詞華集への収録は、本詩が少なくとも1668年以前に書かれ、当時の文学愛好家や読者の目に触れる機会があったことを意味します。この詞華集の存在が、制作年やメロディーが不明であるにも関わらず、本詩が今日まで伝わる唯一の根拠となっています。

詩に登場する「マルキーズ」

詩の中に登場する「マルキーズ」という人物については、モリエール研究者の間で、モリエール劇団で人気を博した女優、マルキーズ・デュ・パルク（Marquise Du Parc, 本名：テレーズ・ド・ゴクール）を指しているとする見方が有力です。彼女はモリエール劇団の中心的な存在であり、その美貌と演技力で観客を魅了しました。もしこの推測が正しければ、本詩はモリエールが自身の劇団の女優に向けて書いたものである可能性があり、モリエールとその周囲の人々との関係性、あるいは当時の俳優を讃える詩作の習慣などを探る上で、貴重な示唆を与えてくれるでしょう。

結論

『ボーシャン氏のバレエのメロディーに付した詩』は、制作年や付されたメロディーの特定には至っていませんが、1668年の詞華集に収録されたことで、モリエール作品の一つとして現代に伝えられています。この短い詩は、モリエールとピエール・ボーシャンという二人の偉大な芸術家が、演劇と舞踊という垣根を越えて共同作業を行っていた歴史的な事実、そして当時のモリエール劇団を支えた看板女優マルキーズ・デュ・パルクの存在を示す重要な断片です。情報は限られているものの、17世紀フランスの宮廷における総合芸術の営みや、芸術家たちの交流の一端を垣間見ることができる資料として、演劇史や文学史の研究においてその価値を保ち続けています。

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