ボームのダイアログ

ボームのダイアログとは

ボームのダイアログ（ボーミアンダイアログ）は、物理学者デヴィッド・ボームが提唱した、グループでの自由な対話形式です。参加者全員がそれぞれの視点を持ち寄り、相互理解を深めることを目的としています。従来の議論やディベートとは異なり、結論を出すことや特定の目標を達成することではなく、参加者自身の思考プロセスを観察し、固定観念や偏見に気づくことを重視します。

この対話形式は、現代社会におけるコミュニケーションの危機を解決し、人類全体の意識変革に貢献することを目指しています。ボームは、ダイアログを「人々の間の意味の流れ」と捉え、参加者それぞれの視点という「堤」を通して、自由に情報が流れ、創造性が生まれると考えていました。

ダイアログの理論

ボームは、ダイアログの本質を「共に考える」プロセスであると述べています。参加者は、自身の思考過程や偏見に気づき、グループ全体で思考の動きを観察します。ダイアログに適した人数は、社会や文化の縮図となる程度が良いとされています。この対話形式を通じて、言葉によるコミュニケーションがなぜ難しいのか、なぜ対立を生みやすいのかについての気づきを深めることが期待されています。

ダイアログは、議論やディベートとは異なり、特定の目的や課題を設定しません。目的があると、思考がその目的に縛られ、自由な探求や学習が阻害される可能性があるからです。参加者が固定観念や先入観を持たずに集まることで、新たな発想や気づきが生まれる「自由な空間」が形成されます。

思考の過程への注目

ダイアログの重要な目的の一つは、思考の過程全体を深く掘り下げ、集団的な思考のパターンを変えることです。私たちは普段、思考の内容にばかり注目し、その過程を意識することは少ないものです。ボームは、思考も機械のように動的なプロセスであり、注意を払わなければうまく機能しないと指摘します。思考の過程に注意を向けることで、より深く、より建設的な思考が可能になります。

「聴くこと」の重要性

ボームのダイアログでは、「聴くこと」が非常に重要です。参加者は、自身の個人的な背景や文化的背景を一旦保留し、話されている内容全体に注意を払います。これにより、意識は特定の視点にとらわれず、新たな視点に立つことができるようになります。

議論やディベートでは、参加者は自身の視点を守ろうとするため、相手の言葉を十分に聞くことができません。しかし、ダイアログでは、互いの言葉に注意を向けることで、精神が社会や文化の蓄積物から解放され、人々の間で自由に意味が流れるようになります。これにより、重要さ、動機、目的、価値観などを共有し、より深い理解に到達できるのです。

偏見と「壁」

私たちは、他人の偏見に気づくことは容易ですが、自身の偏見には気づきにくいものです。特に、特定の質問に対して「壁」を作っている場合、その矛盾に気づかないまま、自身の考えに固執してしまうことがあります。この「壁」の本質は、矛盾に対する鈍感さや無感覚さです。自身の「壁」に気づくためには、常に注意を払い、自身の感情を観察することが重要です。特に、恐怖や喜びの感覚は、思考を特定の方向に導き、真実を見えなくする可能性があります。ダイアログでは、このような感情の動きに気づくことで、より自由な思考が可能になります。

ダイアログの方針

ダイアログには、以下の4つの方針があります。

1. グループでの決定をしない: ダイアログでは、グループとして何らかの決定をすることが目的ではありません。自由な空間を保つために、意思決定をしないことが重要です。
2. 判断を保留する: グループでの会話が進むにつれて、参加者それぞれの前提が明らかになってきます。ダイアログでは、これらの前提を保留します。つまり、それらを抑圧したり放棄したりせず、また、良いとも悪いとも判断しません。
3. 正直かつ率直である: 判断を保留しつつも、自身の考えを正直かつ率直に表現することを心がけます。
4. 他の参加者の考えに基づいて考える: 他の参加者の意見を参考に、自身の思考を深め、新しい視点を得ることを目指します。

ダイアログの経験

ダイアログでは、ある人が発言した内容が、他の人にそのままの意味で伝わるとは限りません。言葉の意味は、それぞれが持つ経験や知識によって解釈が異なるためです。この違いを認識することで、参加者は自身の発言と他者の解釈との間の「ずれ」に気づくことができます。そして、このずれを共有し、お互いの視点に共通する新しい視点に到達することができます。

ダイアログは、既存の知識を共有する場ではなく、参加者が協力して新しい知識や視点を生み出す場です。参加者全員が対等な立場で対話することで、創造的な思考が促され、より深い理解に繋がることが期待されます。

ボームの後継者

ボームのダイアログは、多くの研究者や実践者によって発展し続けています。

Chris Harris (2002, 2003)
Peter Senge (1990)
Parker Palmer (2004)
Holman (1999)
William Isaacs (1999)
Patricia Shaw

関連項目

グループダイナミクス
組織学習
システム思考

出典

Bohm, D., Factor, D. and Garrett, P. (1991). Dialogue - A proposal
Bohm, D. (1996). On dialogue. New York: Routledge.
Holman, P & Devane,T. (1999). The change handbook: Group methods for shaping the future. San Francisco: Berrett-Koehler Publishers.
Isaacs, W. (1999). Dialogue and the Art of Thinking Together: A Pioneering Approach to Communicating in Business and in Life. Bantam Doubleday Dell Publishing Group
Nichol, L. (2001). Wholeness Regained
Palmer, P.J. (2004). A Hidden Wholeness. The Journey toward an Undivided Life. San Francisco: Wiley & Sons.
Senge, P. M. (2006). The fifth discipline: the art and practice of the learning organization. Doubleday.
Shaw, P. (2002). Changing Conversations in Organizations. A complexity approach to change. London: Routledge.

外部リンク

The David Bohm Society
A directory of groups exploring dialogue as proposed by David Bohm et al.
The Bohm Krishnamurti Project: Exploring the Legacy of the David Bohm and Jiddu Krishnamurti Relationship
David-Bohm.net (features various papers written by Bohm and his colleagues, and an online dialogue by email list (facilitated by Don Factor))
The Lancaster (UK) Dialogue

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