デヴィッド・ボーム

デヴィッド・ボーム：量子物理学、哲学、そして対話の探求者

デヴィッド・ジョーゼフ・ボーム（1917年12月20日 - 1992年10月27日）は、理論物理学、哲学、神経心理学に大きな足跡を残したアメリカの物理学者です。マンハッタン計画にも関与したことで知られ、その多岐にわたる研究は現代社会にも深い影響を与え続けています。

生い立ちと初期の活動

ボームは、ハンガリー系とリトアニア系のユダヤ人の家庭に生まれ、主に父親によって育てられました。ペンシルベニア州立大学を卒業後、カリフォルニア工科大学を経て、カリフォルニア大学バークレー校でロバート・オッペンハイマーの下で理論物理学を学び、博士号を取得しました。この時期、ボームは物理学だけでなく、社会主義的な思想にも関心を持ち、様々な政治団体で活動しました。これらの活動は、後にFBIによって共産主義的とみなされることになります。

マンハッタン計画への関与

第二次世界大戦中、マンハッタン計画は原子爆弾の開発にバークレーの研究を活用しました。オッペンハイマーはボームをロスアラモスの研究所に誘いましたが、ボームの政治活動歴がセキュリティ基準を満たさなかったため、彼は研究所への参加を許されませんでした。しかし、彼が確立した散乱計算がマンハッタン計画に不可欠であることが判明すると、ボームは研究に携わることになりました。しかし、皮肉なことに、セキュリティ上の理由から、彼自身の研究成果にアクセスすることさえ禁じられてしまいました。

マッカーシズムによる迫害と亡命

戦後、ボームはプリンストン大学で教鞭を執り、アルバート・アインシュタインと研究を共にしました。しかし、マッカーシズムの時代に、過去の社会主義活動を理由に下院非米活動委員会から尋問を受けました。ボームは証言を拒否したため逮捕され、プリンストン大学を追われることになりました。その後、ボームはブラジルのサンパウロ大学に移り、物理学部の学部長として活躍しました。

量子力学への独自の解釈

ボームは、量子力学の分野で数々の重要な業績を上げました。彼はプラズマの理論を発展させ、「ボーム拡散」として知られる電子現象を発見しました。また、著書『量子論』では、アインシュタインをはじめとする多くの研究者から称賛を受けました。しかし、ボームは既存の量子力学の解釈に満足できず、独自の解釈である「ボーム解釈」を提唱しました。これは、非決定的な量子理論を完全に説明するものでした。彼の研究は、ベルの不等式の研究を促す要因の一つとなりました。

アハラノフ＝ボーム効果の発見

イスラエル工科大学（Technion）での勤務中、ボームは後に「アハラノフ＝ボーム効果」として知られる現象を、学生のヤキール・アハラノフと共に発見しました。この効果は、遮蔽された空間における磁場の影響を示し、ベクトルポテンシャルが物理的に実在することを初めて示したものです。

内在秩序と外在秩序の思想

ロンドン大学バークベック・カレッジ（BBK）に在籍中、ボームとヒレーは「内在秩序」と「外在秩序」という思想を発展させました。この思想では、物体や物質は、より深い実在の現れであり、条件が整った場合にのみ独立した存在として認識されると考えます。

哲学、認知、そして科学の融合

ボームの科学的、哲学的視点は深く結びついていました。彼はジッドゥ・クリシュナムルティの哲学に感銘を受け、自身の量子力学の概念とクリシュナムルティの哲学が調和することを見出しました。ボームの哲学に対するアプローチは、著書『全体性と内在秩序』や『科学、秩序、創造性』に記されています。ボームとクリシュナムルティは、哲学と人間性に対する共通の関心を持つ親友として、25年以上にわたって交流を続けました。

脳のホロノミックモデル

ボームは、神経心理学と脳機能の分野でも重要な貢献をしました。彼は、神経心理学者カール・プリブラムとの共同研究を通じて、脳がホログラムのように情報を処理するという「ホロノミックモデル」を提唱しました。このモデルは、脳が複雑な波形を処理する仕組みを、フーリエ解析を用いて説明しようとするものです。

システムとしての「思考」

ボームは、人類や人生全般に対する深い懸念から、思考が持つ構造的な特性について考察しました。著書『システムとしての思考』で、彼は思考が持つ影響力と、それが個人や社会の不均衡の根源になりうることを指摘しました。

ダイアローグという概念

ボームは、社会問題への関心から、ダイアローグという概念を提唱しました。彼のダイアローグは、対等な立場で「空っぽの空間」を共有し、異なる信念を尊重しながらコミュニケーションをとることを重視します。ボームは、このようなダイアローグが社会の断片化を克服する手段になると考えました。

ボームに影響を与えた思想家たち

ボームの思想形成に影響を与えたのは、量子論の先駆者ルイ・ド・ブロイ、ニールス・ボーア、ハイゼンベルク、シュレーディンガー、相対性理論のアルベルト・アインシュタイン、そして哲人ジッドゥ・クリシュナムルティでした。特に、物質波を提唱したド・ブロイと、根源的な世界観を共有したアインシュタインとクリシュナムルティは、ボームに大きな影響を与えました。

晩年と遺産

ボームは1987年に引退するまで、量子物理学の研究を続けました。彼の最後の研究は、死後『分割されない宇宙：量子理論の存在論的解釈』として出版されました。また、彼はダイアローグの重要性を説く講演活動や、ダライ・ラマとの対談も行いました。1990年に王立学会特別研究員に選出され、1991年にエリオット・クレッソン・メダルを受賞しましたが、1992年10月27日に心筋梗塞で亡くなりました。

著書（一部）

『量子論』 (1951)
『現代物理学における因果性と偶然性』(1957)
『断片と全体』(1976)
『全体性と内在秩序』(1980)
『科学、秩序、創造性』(1987)
『システムとしての思考』(1992)
『分割されない宇宙：量子理論の存在論的解釈』(1993)

関連概念

アハラノフ＝ボーム効果
ボーム拡散
ボーム解釈
ホロムーブメント
内在秩序と外在秩序


デヴィッド・ボームの遺した思想は、量子力学、哲学、そして社会における対話の重要性を深く考えさせるものです。彼の探求は、現代社会が抱える多くの課題を解決するヒントを与えてくれるでしょう。

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