ポズナン暴動

ポズナン暴動は、1956年 6月28日にポーランド西部の主要都市であるポズナンで勃発した大規模な民衆蜂起です。ポズナニ暴動、あるいはポズナニ事件とも称されます。この事件は、当時の東欧における共産党体制に対する最初期の民衆レベルでの抵抗運動の一つとして、歴史的に極めて重要な位置を占めています。

発生の背景

この暴動の遠因は、同年2月にソビエト連邦共産党の第20回大会で行われた、ニキータ・フルシチョフ第一書記による秘密演説、いわゆるスターリン批判に遡ります。この演説は、ソ連国内のみならず、その衛星国であった東欧諸国にも計り知れない衝撃を与えました。ポーランド人民共和国も例外ではなく、かつてのスターリン主義時代に横行した密告や虚偽の告発による粛清によって、多くの国民が不当な苦難を強いられていました。スターリン批判は、こうした抑圧からの解放への期待を抱かせると同時に、体制そのものに対する疑念を深める契機となりました。当時のポーランド指導者であるボレスワフ・ビェルト大統領がソ連訪問中に急死したのも、このスターリン批判による衝撃が原因であるという説（あるいは自殺説）があるほどです。

体制の根幹が揺らぐ中でも、公式には社会生活は安定しているとされていましたが、現実には経済的な困難が深刻化していました。特に工場労働者の間では、約束された賃金が支払われないなどの問題が頻繁に発生し、体制の構造的な問題が露呈し始めていました。ポズナンに位置する「スターリン名称工場」（現在のツェミェルスキ工場）では、こうした労働条件の改善を求めて労働者たちの不満が鬱積し、ついに首相との直接会談を要求するまでに至りました。

事件の経過

労働者たちの要求が満たされず、事態が膠着する中、1956年 6月28日、ポズナンの市民、主に労働者たちが立ち上がり、大規模なデモ行進を開始しました。彼らの当初の目的は、生活苦の改善や労働条件の是正を平和的に訴えることにありました。しかし、事態は予期せぬ方向へと向かいます。当局がこの平和的なデモに対し、対話ではなく強硬な鎮圧策を取ったことで、参加者たちの間に怒りが爆発しました。当初は秩序を保っていたデモは急速に暴徒化し、商店や警察署、さらには刑務所などが襲撃される事態へと発展しました。

事態の収拾を図るため、ポーランド政府は最終的に軍隊の投入を決定しました。武力による鎮圧は容赦なく行われ、数時間のうちに暴動は抑え込まれましたが、この衝突により多数の死傷者が発生しました。犠牲者の総数は100名を超えると推定されており、市民と国家権力との間の深刻な対立を浮き彫りにしました。

事件の影響

ポズナン暴動発生当初、ポーランド当局はこれを反共主義勢力による扇動行為であると公式に発表しました。しかし、暴動の規模と市民の広範な参加を受けて、数日のうちに政府はこの見解を撤回し、自らの失策、特に経済政策の失敗が暴動の原因であったことを認めざるを得なくなりました。これは、共産党体制下では異例の対応でした。

この事件は、ポーランド国内政治に大きな変化をもたらしました。同年10月21日、スターリン主義時代に追放されていたヴワディスワフ・ゴムウカが、ポーランド統一労働者党の第一書記に復帰しました。ゴムウカは、ポズナンでの悲劇を教訓に、分権化を進める経済改革や、国内政策におけるある程度の自由化（いわゆる「オクトーバー・ポーランド」または「ポーランドの雪どけ」）に着手しました。一時はソ連による軍事介入の危機が迫りましたが、ゴムウカの巧みな交渉と、ソ連側の判断により、危機は間一髪で回避され、ポーランドは自主的な形で事態の収拾を図ることができました。しかし、ポズナン暴動とその後の展開は、ポーランド政府とソ連当局との間に深い確執を生み出しました。この関係の冷え込みは、1968年のプラハの春におけるチェコスロバキアへのワルシャワ条約機構軍事介入において、両国が共同歩調を取るまで続きました。

国際的にも、ポズナン暴動は大きな影響を与えました。特に、同年10月に隣国ハンガリーで発生した大規模な反政府暴動であるハンガリー動乱に、精神的・直接的な示唆を与えたとされています。ハンガリー動乱は、最終的にソ連の大規模な軍事介入によって鎮圧され、ナジ・イムレ首相が処刑されるなど、ポズナン暴動と比較して遥かに悲惨な結末を迎えました。死者は1万7千人、難民は20万人にも上ったとされます。

ポズナン暴動は、東欧におけるソ連型社会主義体制に対する民衆の不満が爆発した初期の事例として、またその後のポーランド及び東欧諸国の政治変動に影響を与えた事件として、歴史の中で記憶されています。2006年 6月28日には、事件発生から50周年を記念する式典が、ポズナンをはじめポーランド各地で執り行われ、犠牲者の追悼と歴史への再評価が行われました。

ポズナン暴動