ポリュダムナ

ポリュダムナ（古希: Πολύδαμνα, Polydamna）は、古代ギリシアの神話に登場する人物です。彼女はエジプトを指すアイギュプトスを治める王トーンの妃でした。

トーンが統治するアイギュプトスの人々は、医術の神パイエーオーンの子孫であると伝えられています。その国土には、優れた薬効を持つ植物だけでなく、毒を含む植物も豊富に自生していたことから、アイギュプトスの住民は皆、医療の知識や技術に非常に長けていたとされます。このような背景を持つ地において、王妃であるポリュダムナもまた、特異な知識や貴重な持ち物を持っていたことが語られています。

特に彼女に関連して伝えられているのは、「あらゆる苦悩を消し去る」という効能を持つ神秘的な秘薬です。この霊薬は、飲物に少量混ぜて服用することで、どれほど深い悲しみや辛い出来事に直面していても、その日一日、涙を流すことなく平穏に過ごせるという驚くべき効果があるとされています。

ポリュダムナに関する記述は、複数の古代の文献に見られます。

ホメロスの叙事詩『オデュッセイアー』
ホメロスは、ポリュダムナがこの秘薬をスパルタ王メネラーオスの妻であるヘレネーに譲り渡したと記しています。物語の中では、トロイア戦争の終結後、故郷に戻ったヘレネーのもとへ、父オデュッセウスの消息を探し求める若者テーレマコスが訪れる場面が描かれています。ヘレネーは、客人の悲しみを和らげ、場を和やかにするために、皆が飲むワインにポリュダムナから受け取ったこの秘薬を混ぜて出しました。この霊薬の効果により、その場にいた全員は、たとえ親しい者の死や肉親の行方不明といった深い悲嘆にくれる状況にあっても、その日一日、涙をこぼさずに済むことができたと語られています。また、ホメロスの叙事詩とは別に、ポリュダムナがヘレネーを夫トーンから遠ざける目的でパロス島に移し、さらに島の毒蛇から彼女を守るために薬草を与えたとする別の伝承も存在するとも言われています。

歴史家ヘロドトスの記述
古代ギリシアの歴史家ヘロドトスの著作『歴史』においても、ヘレネーがトロイアの王子パリスに誘拐され、スパルタからトロイアへ向かう途上でエジプトに立ち寄ったというエピソードに関連して、ポリュダムナの名が登場します。

* シケリアのディオドーロス『神代地誌』
紀元前1世紀の歴史家シケリアのディオドーロスは、トーンとポリュダムナを古代エジプトの都市テーベの支配者であったと述べています。さらに特筆すべきは、ディオドーロスが彼の生きた時代においても、テーベの人々が依然としてポリュダムナの秘薬を使用していると記録している点です。これは、この秘薬に関する伝承が単なる神話上の話としてだけでなく、何らかの薬草知識や民間療法として後代まで受け継がれていた可能性を示唆しています。

ポリュダムナは、アイギュプトスの王妃として、そして特に「あらゆる苦悩を和らげる秘薬」の持ち主として、古代の文献に名を残す興味深い人物です。ホメロス、ヘロドトス、ディオドーロスといった異なる時代の著述家たちが彼女に言及していることは、古代世界におけるエジプトの医療知識や神秘性に対する関心と結びついていると考えられます。彼女の持つ秘薬の物語は、人間の普遍的な感情である悲しみや苦悩に古代の人々がどのように向き合っていたのかを映し出す一面とも言えるでしょう。

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