ポローネウス

ギリシア神話に語られるポローネウス（古希: Φορωνεύς）は、ペロポネーソス地方に深く関わる伝説的な人物です。彼は河神イーナコスを父に持ち、母は海の精オーケアノスの娘メリアーとされることが多いですが、アルゲイアーとする説もあります。兄弟にはアイギアレウスがいました。

ポローネウスの子孫については諸説見られます。ニュンペーのテーレディケーまたはキンナとの間にアーピスとニオベーをもうけたとされる一方、ケルドーとの間にはカール、スパルトーン、クリュメニス、そしてクトニアーが生まれたという伝承もあります。

ポローネウスは兄弟アイギアレウスの死後にペロポネーソス地方の王位を継いだとされますが、彼こそが最初の支配者であったという説も有力です。さらに、彼は単に王であるだけでなく、人類最初の存在であったとする言伝えさえ存在するほど、古代の歴史において重要な位置を占める人物と見なされていました。

彼の伝説は、人類社会の基盤に関わる重要な出来事と結びつけられています。古代の伝承（ヒュギーヌスなど）によれば、かつて人間は皆同じ言葉を話し平和に暮らしていましたが、伝令神ヘルメースが多様な言語をもたらしたことで相互理解が失われ、争いが始まったといいます。神々の王ゼウスはこの状況を憂慮し、初めて女神ヘーラーに供物を捧げたポローネウスに、人類初の王権を与えたとされます。王権付与の理由には別の説もあり、初めて武器を作りヘーラーに献上したため、あるいは初めてヘーラーの神殿を建立したためとも語られています。これらの物語は、ポローネウスが単なる支配者ではなく、言語の多様化や社会秩序の成立といった人類史の転換点に関わる象徴的な存在であったことを示唆しています。

また、ポローネウスは都市文明や技術の始まりにも関わる英雄として描かれています。ギリシアの地理学者パウサニアースの記録によれば、アルゴリス地方の領有権を巡ってヘーラーとポセイドーンが争った際、敗れたポセイドーンが怒りのあまりこの地の河川を干上がらせてしまいました。この危機に際し、ポローネウスは人々を一つの場所に集め、ポローニコンと呼ばれる最初の市を建設したといいます。さらに、火の発見についても、アルゴス地方では火を最初に見つけたのは有名なプロメーテウスではなくポローネウスであったと伝えられており、アルゴスの地にあるアポローン・リュケイオス神殿では、この「ポローネウスの火」と呼ばれる特別な火が聖火として燃やされ続けていたと記されています。これらの伝承は、ポローネウスが人類の生存に不可欠な技術や社会形態の確立に貢献した、文化英雄としての側面を持っていたことを物語っています。

ポローネウスに関する多様な伝承は、彼が古代ギリシアにおいて、単なる系譜上の人物や地方の王というだけでなく、人類の始まり、言語、社会、技術といった文明の根源に関わる、極めて象徴的な存在として認識されていたことを示しています。彼の物語は、神話時代における人類の進化や社会形成の過程を理解する上で、重要な鍵を提供するものです。

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