ポール・ブレマー

ルイス・ポール・ブレマー

ルイス・ポール・ブレマー3世（Lewis Paul Bremer III、1941年9月30日生）は、アメリカ合衆国の外交官として長年にわたり活躍しました。

初期キャリア

イェール大学を卒業後、1966年に国務省に入省したブレマーは、着実にキャリアを重ねました。1981年には国務長官の特別補佐官を務め、政策立案の中枢に関わります。その後、1983年には駐オランダ大使に任命され、外交の第一線で活動しました。特に注目されるのは、1986年から1989年まで務めた国務省のテロ対策調整官としての役割です。この経験は、後に彼のキャリアにおいて重要な意味を持つことになります。

民間活動

公職を離れた後、2001年のアメリカ同時多発テロ事件の直後には、リスク管理やコンサルティング分野で活躍の場を移しました。Crisis Consulting Practice of MarshやMarsh & McLennan Companies (MMC)といったコンサルティング会社を相次いで設立し、最高経営責任者（CEO）として企業経営にも携わりました。

イラクにおける統治

ブレマーの経歴で最も特筆すべきは、2003年5月にイラク戦争後のイラク統治を担う連合国暫定当局（CPA）の代表に、当時のブッシュ大統領によって指名され就任したことです。このポストは、第二次世界大戦後の日本における連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー以来、アメリカが外国で持つ最も権威ある地位の一つと評されましたが、ブレマー自身はドイツのバイゾーン管理者ルシアス・クレイの役割と比較することもありました。国防総省のドナルド・ラムズフェルド長官の傘下に設置されたCPAにおいて、ブレマーはイラク再建に向けた政策を推進しました。

彼の政策は、ブッシュ・ドクトリンに基づき、学説的にはシカゴ学派の祖であるミルトン・フリードマンの新自由主義思想に強く影響を受けていました。ブレマーはイラク経済の再生を目指し、極端なまでに急進的な民営化政策を断行します。具体的には、220社以上の国営企業を即座に民営化し、同時に貿易の自由化を進めることで、一挙に外国資本の導入を促しました。この結果、これまで西側諸国にとって「処女地」であったイラク市場に進出したマクドナルドやエネルギー関連企業、商社などが莫大な利益を得ることになります。

しかし、この経済改革は負の側面を多く生み出しました。警察、司法、行政といった国家の基本的な機能が骨抜きにされ、イラク国内の治安は瞬く間に大混乱に陥ります。当初、CPAや駐留米軍の統治を比較的静観していたイラク国民の間では、現地の複雑な実情を十分に考慮しない占領政策に対する不信感や憎悪が徐々に高まっていきました。これは、イラク国内におけるイスラム原理主義勢力や民兵組織が台頭する大きな要因となりました。

CPAは設立からわずか3ヶ月も経たないうちに、イラク国民からの組織的な反乱に直面し始め、事態の収拾が極めて困難になっていきます。さらに、サダム・フセインの強権統治によって長らく抑圧されていたスンニ派とシーア派の間の激しい宗派対立が燃え上がり、半年も経たないうちにイラクは内戦状態へと突入しつつありました。こうした混乱によって、空爆で破壊されていた国内のインフラはさらに損壊が進み、駐留米軍兵士の犠牲者も増加の一途をたどります。有効な対応策を見出せなかったCPAは、事実上パニック状態に陥りました。その後も抜本的な解決策は打ち出されず、イラク国内の内戦と混乱は悪化の一途をたどることになります。

こうしたブレマーのイラクにおける政策は、その後の占領統治の失敗の主因として、多くの批判を浴びることになりました。特に、イラクの復興や治安維持よりも経済的な改革（「戦争と再建の民営化モデル」と呼ばれることもあります）を優先した政策が、占領統治体制そのものを崩壊させたとの指摘があります。カナダ人ジャーナリストのナオミ・クラインは、その著書『ショック・ドクトリン』の中で、ブレマーが主導した政策を「ショック・ドクトリン」の代表例として挙げ、強烈な批判を展開しました。

ブレマーは、2004年6月28日に連合国暫定当局が解散されるのに伴い、イラクを離れ帰国しました。彼のイラクにおける1年間の統治は、戦後処理の難しさ、特に急進的な市場原理主義導入の限界と、それが引き起こす社会的・政治的混乱を世界に示唆する事例となりました。

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