マサッチオ

マサッチオ：ルネサンス絵画の夜明けを告げた天才画家

マサッチオ、本名トンマーゾ・ディ・セル・ジョヴァンニ・ディ・シモーネ・カッサーイは、1401年12月21日、フィレンツェ共和国サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノに生まれ、わずか27歳でこの世を去ったにも関わらず、ルネサンス絵画の礎を築いた巨匠として名高い画家です。彼の愛称である「マサッチオ」は、本名の短縮形「マーゾ」に由来し、「不恰好な男」を意味すると言われています。これは、同時代の画家マソリーノ（マサッチオの師とされる）との区別のためだと考えられています。

生涯と修業

マサッチオは公証人の父と宿屋の娘の間に生まれました。5歳で父を亡くした彼は、正式な絵画の修業を受けた記録はありません。マソリーノが師であったとする説もありますが、初期作品からはその影響はほとんど見られず、師弟関係を疑問視する美術史家も多いです。他の画家たちの元で修業した形跡もなく、近年の研究では装飾写本作家としての修業の可能性も示唆されています。1422年、既に一人前の画家としてフィレンツェの画家ギルドに加入していたことが記録に残っています。

初期作品

現存する最古の作品とされるのは『サン・ジョヴェナーレ三連祭壇画』（1422年）です。この作品は1961年に発見され、保存状態は良くありませんが、ジョットの影響を受けつつも、三次元的描写や人物表現に優れた才能が見て取れます。『聖アンナと聖母子』（1424年頃）は、マソリーノとの共同制作とされ、マサッチオが聖母子を、マソリーノが聖アンナと天使を描いています。この作品においても、マサッチオの画力が際立っています。

フィレンツェでの活動と共同制作

フィレンツェに移住後、マサッチオはジョットの作品から学び、ブルネレスキやドナテッロらとも交流を深めました。1423年のローマ訪問が、古代ローマ美術の影響やゴシック様式からの脱却に繋がったと考えられています。マソリーノとの共同制作としては、サンタ・マリア・デル・カルミネ教会のフレスコ画（1422年）がありましたが、これは後に失われています。

ブランカッチ礼拝堂フレスコ画：ルネサンス絵画の金字塔

マサッチオとマソリーノは、1424年、ブランカッチ家からサンタ・マリア・デル・カルミネ教会ブランカッチ礼拝堂のフレスコ画制作を依頼されました。『聖ペテロ伝』を描いたこのフレスコ画は、二人の卓越した技量を示すものですが、制作途中で二人は作業を放棄してしまいます。その理由は不明ですが、依頼主との金銭問題や芸術的見解の相違、あるいはマソリーノの計画的な撤退などが推測されています。後にフィリピーノ・リッピによって完成されました。

中でも有名なのは『貢の銭』と『楽園追放』です。『貢の銭』は、一点透視図法、空気遠近法、キアロスクーロを駆使した写実的な表現で、礼拝堂の光源まで考慮した緻密な描写が驚異的です。『楽園追放』は、アダムとイヴの嘆きの表情や身体表現が、後世の芸術家、特にミケランジェロに大きな影響を与えました。

ピサ祭壇画：散逸した傑作群

1426年、マサッチオはピサのサンタ・マリア・デル・カルミネ教会のコリーニョ家礼拝堂のために多翼祭壇画の制作を依頼されました。この『ピサ祭壇画』は18世紀に分解・散逸してしまい、現在では各地に断片が分かれて残されています。ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている『聖母子』やナポリの国立カポディモンテ美術館の『キリスト磔刑』など、現存する断片からもマサッチオの卓越した表現力を感じ取ることができます。

聖三位一体：透視図法の完璧な表現

1427年頃、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会に制作された『聖三位一体』は、マサッチオの代表作の一つです。ブルネレスキの協力を得て制作されたとされ、体系的な透視図法が見事に用いられています。骸骨の描写や銘文は、死の儚さと信仰の重要性を表現し、多様な解釈を呼び起こす作品となっています。

死と影響

マサッチオは1428年にローマ教皇領で急死しました。毒殺説など諸説ありますが、真偽は不明です。短命に終わった生涯でしたが、彼の革新的な画風は、後のルネサンス絵画に計り知れない影響を与え、フィレンツェの画家たちによって熱心に研究されました。ブルネレスキ、ドナテッロとともに、ルネサンス美術の創設者の一人と言えるでしょう。彼の作品は、理想化されたゴシック絵画からの決別、現実的で深みのある表現、そして人文主義の導入を象徴するものです。

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