マシュー・ボーン

英国が誇るコンテンポラリー・ダンス界の巨匠、サー・マシュー・ボーン（Sir Matthew Bourne）は、演出家そして振付家として、ミュージカルとダンスの境界線を横断する独自の舞台芸術を創造し続けています。1960年 1月13日生まれの彼は、古典バレエに大胆な新解釈を加え、普遍的な人間ドラマを繊細かつ情熱的に描き出すことで、世界中の観客を魅了しています。

芸術性の特徴

ボーンの作品は、卓越した物語性と演劇性を兼ね備えているのが特徴です。古典文学や童話、映画などを題材としながらも、そこに現代的な視点や社会的なテーマを織り交ぜ、オリジナルの世界観を創り上げます。特に、男性ダンサーを主役にした革新的な演出や、登場人物の心理を深く掘り下げた描写に定評があります。また、「報われることのない切ない愛」は、彼の作品に繰り返し現れる主要なテーマの一つであり、観客の共感を呼びます。ミュージカルのように明確なストーリーラインを持ちながら、ダンスのみで感情や状況を表現するスタイルは、ダンスファンのみならず、演劇ファンからも高い評価を得ています。

類まれなキャリア

ロンドンの労働者階級に生まれたボーンは、幼い頃から芸能界への強い憧れを抱いていました。スターのサイン集めに熱中し、劇場などで彼らを待ち伏せる日々を送っていたといいます。高校卒業後は、BBCの書類整理係や劇場のチケットもぎりなど、様々な裏方の仕事を経験。ロイヤル・ナショナル・シアターの売店で働いていた際、間近で見る出演者たちの姿に触発され、自らも舞台人となることを志します。驚くべきことに、彼は20歳を過ぎるまでダンスに特別な関心はなく、本格的にダンスを習い始めたのは22歳という比較的遅い年齢でした。しかし、その後の学びは急速に進み、1982年にロンドンのラバン・ダンス学校に入学。1986年に卒業すると、すぐに仲間たちと共にコンテンポラリー舞踊団「アドヴェンチャーズ・イン・モーション・ピクチャーズ（Adventures in Motion Pictures、略称AMP）」を結成しました。

世界的な成功と代表作

AMPでの活動初期から、ボーンはその才能を開花させます。1992年には、チャイコフスキーの古典バレエ「くるみ割り人形」にモダンな解釈を加えた作品を発表し、ダンス界で話題を呼びました。そして1995年、彼の名を一躍世界に知らしめたのが、男性ダンサーを中心とした大胆な新解釈版「白鳥の湖」です。この作品は伝統的なバレエの概念を覆し、大きなセンセーションを巻き起こしました。特に主役である白鳥を男性が演じる演出は衝撃を与え、今日に至るまで彼の代表作として語り継がれています。

「白鳥の湖」の成功後も、ボーンは精力的に創作活動を続け、「シンデレラ」、「ザ・カーマン」、「眠れる森の美女」といった古典の翻案や、ティム・バートン監督の映画に基づいた「シザーハンズ」など、多様な作品を発表。2002年には自身のカンパニー名を「ニュー・アドベンチャーズ（New Adventures）」と改称し、現在に至るまで革新的な作品を世に送り出し続けています。

受賞と評価

マシュー・ボーンの功績は国内外で高く評価されており、数々の栄誉ある賞を受賞しています。特に「白鳥の湖」は、1996年に英国の演劇賞であるローレンス・オリヴィエ賞、1999年にはブロードウェイの最高峰であるトニー賞において、最優秀演出賞と最優秀振付賞を同時受賞するという快挙を成し遂げました。これは、彼の作品がダンスの枠を超えて、演劇としても高い完成度を持つことを証明しています。その後も「マイ・フェア・レディ」「プレイ・ウィズアウト・ワーズ」「メアリー・ポピンズ」「赤い靴」などでローレンス・オリヴィエ賞を複数回受賞しており、英国舞台芸術界におけるその揺るぎない地位を示しています。

ダンスへの道を遅れて歩み始めたにも関わらず、マシュー・ボーンは持ち前の才能と情熱、そして革新的な視点で、現代ダンスの可能性を大きく広げました。彼の作品は、時にユーモラスに、時に切なく、そして常に人間味溢れる感動を与え、多くの観客を魅了し続けています。

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