マチルド・ボナパルト

マチルド＝レティツィア・ヴィレルミーヌ・ボナパルト（1820年5月17日 - 1904年1月2日）は、フランス第一帝政を築いた皇帝ナポレオン1世の末弟であるジェローム・ボナパルトの長女として生まれた人物です。母はジェロームの二度目の妻となったヴュルテンベルク王国の王女カタリーナであり、彼女はまた、後のナポレオン公として知られるナポレオン・ジョゼフ・シャルル・ポール・ボナパルトの姉にあたります。その生涯は激動の時代を生き抜き、特にフランス第二帝政期においては、皇帝ナポレオン3世の皇后ウジェニーとの間で繰り広げられた対立は、当時の社交界に大きな波紋を投げかけました。

マチルドは、伯父であるナポレオン1世がセントヘレナ島で死去する前年、1820年に現在のイタリア領トリエステで生を受けました。15歳になった1835年、父ジェロームに連れられて、当時27歳であった従兄のルイ＝ナポレオン、後のナポレオン3世と出会います。若かりし頃のマチルドは、すらりとした姿に色白の肌を持つ、目を惹く美少女でした。互いに惹かれ合った二人は婚約に至りますが、この幸福な時期は長く続きませんでした。翌1836年、ルイ＝ナポレオンはストラスブールで共和主義者による反乱を試み、失敗して逮捕されてしまったのです。この事件を機に、二人の間の婚約は破談となってしまいます。

ルイ＝ナポレオンとの婚約が破れた後、マチルドは政略的な思惑から、ロシア帝国の巨大な富を持つアナトーリー・デミドフ公爵と結婚しました。しかし、この結婚生活は決して幸せなものではありませんでした。夫デミドフ公爵からの暴力に苦しみ、マチルドは結婚後すぐに別居状態に陥ります。この困難な状況に対し、母カタリーナの従兄にあたるロシア皇帝ニコライ1世が仲介に乗り出し、マチルドは巨額の慰謝料を得ることに成功しました。この慰謝料を元手に、マチルドはフランスのパリへと居を移し、公爵夫人としての地位と潤沢な資金を背景に、愛人との関係を持つなど、慣習にとらわれない自由な生活を送り始めます。また、彼女の邸宅は瞬く間にパリ社交界の中心となり、名士たちが集う著名なサロンを主宰するようになります。

1848年、マチルドは従兄であるルイ＝ナポレオンとパリで再会を果たします。この頃、彼女は若い頃の姿とは異なり、かなり肥満していたと言われています。これは、「全てを食らう」と評された祖父、ヴュルテンベルク王フリードリヒ1世からの遺伝による可能性が指摘されています。外見は変化していたものの、二人の間の親しい関係は続いており、性的な関係こそありませんでしたが、ルイ＝ナポレオンが結婚するまでの期間、マチルドは事実上の皇后代理として、公の場での務めの一部を担いました。

マチルドの主宰するサロンは、多くの人々が集まる社交の場でした。ある時、このサロンを通じて、ルイ＝ナポレオンはスペイン貴族の娘であるウジェニー・ド・モンティホと知り合い、交際が始まりました。当初、マチルドはウジェニーのことをあまり重要視しておらず、二人の関係についても深く気にかけていませんでした。しかし、1853年にルイ＝ナポレオンがウジェニーと結婚したことは、マチルドにとって予想外の出来事であり、彼女を激怒させました。従兄の結婚相手が、自身が軽視していた人物であったことへのプライド、そして皇后代理としての立場を失ったことへの不満などが入り混じった感情だったのでしょう。マチルドはこれに対抗すべく、自身のサロンをさらに発展させ、あるいは別の社交界の中心となって、新皇后となったウジェニーに対抗姿勢を鮮明にしました。当時の社交界において、ウジェニー皇后に関する悪評や陰口の多くは、マチルドの主宰する集まりから生まれたと言われています。彼女のサロンは、単なる社交の場というだけでなく、情報戦や政治的な駆け引きの舞台ともなり得たのです。

1870年に最初の夫であるデミドフ公爵が死去すると、マチルドは1873年に美術家であり詩人でもあるクロディウス・ポプランと再婚しました。最初の結婚とは異なり、おそらくはより個人的な感情に基づく選択であったと推測されます。その後、パリで静かに晩年を過ごし、1904年1月2日に83歳でその生涯を閉じました。

マチルド・ボナパルトは、ボナパルト家の一員として、また第二帝政期の著名な社交界の人物として、その波乱に満ちた生涯を通じて歴史に名を刻みました。彼女の人生は、権力、愛情、そして社交界における女性の役割の複雑さを映し出しています。

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