マッチポイント (映画)

『マッチポイント』（2005年）は、ウディ・アレン監督・脚本によるイギリス映画です。アレン監督36作目にして、自身が出演しない10作目の作品であり、2005年のアカデミー脚本賞にもノミネートされました。

物語の中心人物は、アイルランド出身のプロテニス選手クリスです。彼はキャリアの限界を感じ、上流階級への憧れを抱き、人生の転換を図ろうとしていました。ロンドンのテニスクラブでコーチとして働き始めたクリスは、ハンサムで裕福なトムと親しくなり、彼の家族とも交流を持つようになります。オペラ鑑賞に誘われるなど、華やかな社交生活を送る中で、クリスはトムの妹クロエと交際を始めます。しかし、同時にトムの婚約者であるアメリカ人女優志望のノラにも惹かれていきます。

クリスはクロエと結婚し、安定した地位と裕福な生活を手に入れます。テムズ川沿いの豪華な家に住み、義父の会社に就職し、順風満帆な日々を送っているように見えます。トムはノラと別れ、別の女性と結婚します。ノラは一時アメリカに帰国しますが、ロンドンに戻ってきた際にクリスと再会し、密会を重ねるようになります。やがてノラはクリスの子を妊娠します。不妊治療を受けているクロエをよそに、ノラはクリスにクロエと別れ、自分と子供に責任を持つよう迫ります。ノラの要求は次第にエスカレートし、クリスの職場にまで押しかけるようになります。

追い詰められたクリスは、恐るべき行動に出ます。義父のショットガンを奪い、ノラの隣人を殺害し、薬物売人の窃盗事件に見せかけます。そして、ノラを待ち伏せ、彼女も殺害します。警察はノラの残した日記を手がかりにクリスを参考人として事情聴取しますが、不倫関係以外に怪しい点は見つからず、クリスは釈放されます。翌日、新聞報道でノラの死を知ったクロエやトムは衝撃を受けますが、クリスは平静を装っています。

しかし、事件を担当した刑事の一人が、クリスが犯人であるという夢を見て捜査を続けることを決意します。捜査を進める中で、薬物売人が殺害される事件が発生し、被害者のポケットからノラの隣人がはめていた指輪が見つかり、ノラと隣人の殺害事件は、薬物売人が犯人だったとして幕引きとなります。実は、クリスが警察に出頭する直前にテムズ川に捨てようとした指輪が、川の手すりに当たり道路に跳ね返り、偶然薬物売人が手に入れたものでした。

その後、トムや義父が生まれたばかりの赤ちゃんをクリス宅に訪れ、妊娠がわかったクロエがクリスとの子供の誕生を喜ぶ場面で映画は終わります。しかし、クリスの顔は晴れず、窓からテムズ川を眺めています。

この映画は、ロンドンが舞台となり、テート・モダン、ロイズ・ビルディング、ロイヤル・オペラ・ハウスなど、多くのロンドン名所が登場します。また、バンクシーの作品もわずかに映し出されています。物語の構成は、セオドア・ドライサーの『アメリカの悲劇』、アルフレッド・ヒッチコックの『見知らぬ乗客』、そしてアレン自身の過去の作品からの影響が見られます。クリスが劇中で読んでいるドストエフスキーの『罪と罰』は、彼の犯行を暗示する重要な伏線となっています。

『マッチポイント』は、裕福な生活への欲望と、その欲望が引き起こす悲劇を鮮やかに描いた、ウディ・アレン監督の代表作の一つと言えるでしょう。巧みなプロットと、登場人物たちの複雑な心理描写が、観客に深い印象を与えます。そして、ラストシーンに残されたクリスの表情は、観る者に多くの余韻を残します。

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