マルスから平和を守るミネルヴァ

ピーテル・パウル・ルーベンス『マルスから平和を守るミネルヴァ



作品概要



『マルスから平和を守るミネルヴァ』、あるいは『平和と戦争』として知られるこの作品は、バロックフランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1629年から1630年にかけて制作した油彩画です。この作品は、イングランド国王チャールズ1世への贈呈を目的として制作され、平和の女神パクス、知恵の女神ミネルヴァ、そして戦の神マルスという、神話上の人物を通じて戦争と平和の寓意を表現しています。現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

制作の背景



1625年に勃発したスペインとイングランドの間の西英戦争は、4年を経ても終結の兆しを見せず、両国はそれぞれマントヴァ継承戦争や英仏戦争にも巻き込まれていました。このような状況下で、両国は和平を模索し始めます。1629年、スペイン国王フェリペ4世は、和平交渉のためルーベンスを外交使節としてロンドンに派遣します。ルーベンスは当時、最も著名な画家であるとともに、熟練した外交官でもありました。一方、チャールズ1世は熱心な美術コレクターとして知られていました。ルーベンスはこの作品をイングランドで制作し、チャールズ1世の芸術的鑑識眼に訴えかけると同時に、絵画を通じて外交的なメッセージを伝えようとしました。1630年にはマドリード条約が締結され、両国間の和平が成立します。

作品詳細



ルーベンスは、知恵の女神ミネルヴァが平和の女神パクスを守る姿を描いています。作品全体を通して、戦争を拒否し平和を受け入れることで、繁栄と豊穣がもたらされるというメッセージが明確に示されています。

画面中央に位置する女性像はパクスです。その背後では、ミネルヴァが槍と黒い甲冑で武装し、同じく黒い甲冑と盾を装備した戦いの神マルスを画面右側へと押し退けています。マルスの傍らには、同様に押し退けられている女性像があり、これは復讐の女神フリアイであると考えられています。画面右上隅では、古代神話に登場する強欲な怪物ハルピュイアが宙を舞っています。ルーベンスはパクスに、大地の女神ケレスの資質を与えているようです。パクスは富の神プルトスである幼児に授乳する一方で、サテュロスとプットの助けを借り、豊穣の角コルヌコピアから湧き出る大地の恵みを、手前にいる少年少女たちと分かち合っています。この子供たちは若さの純粋さと、次世代に託された希望を象徴しています。松明を掲げ、少女の頭上に花冠を置いている少年は、結婚の神ヒュメナイオスであると考えられます。

画面左上には、パクスに平和の象徴であるオリーブの冠を授けるプットの姿があります。プットは、左手に伝令神メルクリウスの象徴であるカドゥケウスを持ち、交渉における公正な交換と相互作用の理想を示唆しています。左側の二人の女性の役割は明確ではありませんが、画面中央の前景でヒョウが戯れていることから、酒と狂乱の神バッカスの信者(マイナス)である可能性が指摘されています。バッカスは農業の神でもあり、ケレスにも関連付けられる存在で、サテュロスと踊るマイナスを伴って描かれることが伝統的です。しかし、財宝を運ぶもう一人の女性像は、単純に繁栄を象徴しているとも考えられます。

作品中に描かれている子供たちは、チャールズ1世に仕えた美術商バルサザール・ガービアー卿の子供たちであるとされています。ルーベンスはロンドン滞在中、バルサザール・ガービアー邸に滞在していました。ヒュメナイオスのモデルは彼の息子ジョージ、そしてジョージが花輪を置いている少女は妹のエリザベス、さらに大きな希望と不安が混じった瞳で鑑賞者を見つめる少女は、別の妹スーザンであるとされています。

来歴



この作品は1828年に、サザーランド公爵によって寄贈されました。

参考文献



『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂(1994年)

外部リンク



ナショナル・ギャラリー公式サイト, ピーテル・パウル・ルーベンス『マルスから平和を守るミネルヴァ

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