マルセル・ブサック

マルセル・ブサック：繊維王から競馬界の巨匠へ、そして晩年の没落

マルセル・ブサック (1889-1980) は、20世紀を代表するフランスの実業家であり、サラブレッド競走馬の生産者、馬主としても広く知られています。繊維業界で莫大な富を築き「繊維王（le Roi du Coton）」と呼ばれた彼は、競走馬の生産・所有においても類まれな成功を収めましたが、晩年は事業の失敗により没落を経験しました。その波乱に満ちた生涯は、成功と挫折、そして競馬界への多大なる貢献を示す物語として、今なお語り継がれています。

繊維業での成功と多様な事業展開

1889年、フランスのシャトールーに生まれたブサックは、1906年に高校卒業と同時に家業の繊維業を継承。持ち前の才能と鋭いビジネス感覚で事業を拡大し、第一次世界大戦中の軍需、戦後の民需を巧みに捉えて、巨万の富を築き上げました。繊維事業を基盤に、彼は新聞社『ラウロール（L'Aurore）』の発行、銀行業、家電メーカーへの投資など、多角的な事業を展開。フランス有数の資産家となりました。

クリスチャン・ディオールへの支援とオートクチュールの隆盛

1946年、ブサックは後に世界的なブランドとなるクリスチャン・ディオールと出会います。まだ無名だったディオールの才能を見抜き、資金援助を行いオートクチュールメゾンの設立を支援。その成功はブサックの資産と名声をさらに高めることになりました。

競走馬生産者・馬主としての輝かしい実績

ブサックは1914年から馬主として活動を開始。1919年にはフレズネイ＝ル＝ビュファール牧場を取得し、サラブレッドの生産に乗り出しました。その後、ジャルディ牧場も取得し、大規模な生産体制を構築。名馬デュルバン、デュルゼッタ、ザリバ、アステリューなどを所有し、競走馬生産においても卓越した手腕を発揮しました。

彼の所有馬は、フランスダービー（ジョッケクルブ賞）を12回、凱旋門賞を6回制覇するなど、フランスとイギリスの主要クラシック競走をすべて制覇。約1800勝という驚異的な勝利数を挙げ、フランスで馬主リーディング14回、生産者リーディング17回という圧倒的な記録を残しました。イギリス・アイルランドでも1950年と1951年に馬主・生産者リーディングに輝いています。

競馬界への貢献とフランスギャロでの活躍

ブサックは1933年からフランスギャロの前身である奨励協会の委員を務め、凱旋門賞の高額賞金設定や前夜晩餐会の導入など、現在の凱旋門賞の世界最高峰競走としての地位を確立する上で重要な役割を果たしました。1959年には、ジョッキークラブ会員以外では初めて会長に就任。15年間会長職に就き、ロンシャン競馬場の増改修にも尽力しました。

独自の生産手法と第二次世界大戦の影響

ブサックの生産手法は、インブリードとアウトブリードを巧みに組み合わせた独特のスタイルでした。この手法は遺伝学者から批判を受けることもありましたが、彼は独自の理論に基づいて生産を続けました。第二次世界大戦中は、所有馬をイギリスへ疎開させましたが、一部の馬はドイツ軍に接収され、戦後になっても戻ってこない馬もありました。この経験から、ブサックはドイツで種付けされた馬の血統登録を拒否するという措置をとっています。

晩年の没落

晩年、ブサックは繊維事業の経営不振により1978年に破産を宣告されました。そして、1980年にパリで死去しました。彼の莫大な資産は散逸し、所有していた新聞社も吸収合併の憂き目に遭いました。しかし、彼の競走馬生産や競馬界への貢献は、現在のパリロンシャン競馬場で施行されている「マルセルブサック賞」という形で、永遠に記憶されています。 彼の功績は、ディオールを始めとした繊維・アパレル事業を現在も牽引するベルナール・アルノーや、競走馬の血統を継承するアーガー・ハーン4世といった後継者たちによって引き継がれ、現代でもその影響を強く残しています。

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