マルチステーション5550

IBM 5550：日本のビジネス環境を変えた多機能パソコン

1983年から1990年代前半にかけて、日本IBMが企業向けに販売したパーソナルコンピューターシリーズ「IBM 5550（マルチステーション5550）」は、日本のビジネスシーンに大きな影響を与えました。世界でIBM PCが既に登場していたものの、日本語処理の未熟さから、日本市場では独自開発の5550シリーズが投入されたのです。

開発の背景と目的

当時、日本語処理に対応したパソコンは少なく、ワープロ機能とパソコン機能を一体化させた製品は希少でした。5550は、このニーズに応えるべく、パソコンとワープロの複合機として開発されました。高い解像度による24×24ドットの明朝体フォント表示、日本語だけでなく中国語や韓国語への対応を視野に入れた設計など、革新的な試みが数多く盛り込まれていました。

開発目標は「パソコンとワープロの両方で本格的な使用が可能」「同一アーキテクチャで最低3～5年間は利用できる」というものでした。開発チームは、迅速な意思決定を可能にする独立事業体として設立され、既存のIBM PCや英文ワープロとは異なる独自の設計思想に基づいた開発が推進されました。

5550の主要な特徴

5550の最大の特徴は、3つの機能を統合した点です。

1. 日本語ビジネス・パーソナル・コンピューター: 日本語MS-DOS 2.0相当の「日本語DOS」と、Multiplanなどのアプリケーションソフトを提供。BASICインタプリタも標準で搭載されました。
2. 日本語ワードプロセッサー: 日本IBM開発の「文書プログラム」により、高機能な日本語ワープロ機能を実現。
3. 日本語オンライン端末: 「3270漢字エミュレーション」「5250漢字エミュレーション」により、ホストコンピューターとの接続を可能にしました。

これらの機能は、フロッピーディスクの交換やハードディスクの起動区画の変更によって切り替えられました。当初は各機能が独立したOS/ソフトウェアで動作し、データの交換には変換プログラムが必要でした。その後、日本語DOS上で動作するバージョンが提供されるなど、機能強化が図られました。

ハードウェア面では、3台の5.25インチフロッピーディスクドライブを搭載した独特の筐体デザインを採用。高解像度（1024×768ドット）表示に対応し、目の疲れを軽減する長残光蛍光体を使用した黄緑色のモノクロディスプレイが標準でした。

市場投入と評価

5550は、当時、日本電気や富士通などが販売していた高機能パソコンよりも、市場で高い成功を収めました。その理由は、

多機能性: パソコンとワープロ、そしてホストコンピューターとの接続を、一台で実現。
大規模なマーケティング: 渥美清を起用したCMなど、積極的な宣伝活動。
* 手厚いサポート: 企業への一括導入に対して、充実したメーカーサポート体制。

などが挙げられます。

しかし、IBM PCとの互換性の欠如や、クローズドアーキテクチャであること、そして高価格帯であることが、市場浸透を妨げる要因にもなりました。5540や5560といった派生機種の投入や、ラップトップモデルである5535の登場など、市場のニーズに応じた製品展開もされましたが、PC-9800シリーズなどの台頭には抗えず、シェアは徐々に低下していきました。

5550の技術的側面と開発過程

5550の開発には、多くの技術的課題がありました。特に、パソコンとワープロの機能統合は困難を極め、CPUの選定や日本語ワープロ機能の差別化、通信端末機能の追加など、数々の技術的工夫が凝らされました。Intel 8086の採用、高解像度ディスプレイのサポート、独自の日本語入力方式など、技術的な挑戦が随所に見て取れます。

製造は、主に松下電器産業が担当しました。日本IBMの生産体制の未整備を背景に、OEM供給という形が採られました。この製造委託は、5550の大量生産を可能にする上で重要な役割を果たしました。

後継機種とラップトップへの展開

5550の後継機種として、PS/55シリーズが登場しました。PS/55シリーズでは、ラップトップモデルである5535も発売されました。しかし、738×525ドットという独自の高解像度ディスプレイは、対応ソフトウェアの不足や、高コストという問題を抱えていました。この反省を踏まえ、日本IBMはその後、640×480ドットのディスプレイとDOS/V|DOS_Vを搭載した普及型モデルを開発し、市場の変化に対応していきました。

まとめ

IBM 5550は、日本のビジネス環境に大きなインパクトを与えた製品です。その開発背景、技術的特徴、市場における成功と失敗、そして後継機種への展開を理解することで、日本のパソコン市場の歴史の一端を知ることができると考えられます。5550は、単なるパソコンではなく、時代のニーズに応え、技術革新を追求した製品として、日本のIT史にその名を刻みました。

もう一度検索