マーティン・セリグマン

マーティン・E・P・セリグマンは、1942年ニューヨーク州アルバニー生まれのアメリカ人心理学者です。うつ病や異常心理学の第一人者として国際的に評価され、特に学習性無力感の研究で大きな功績を残しました。この研究は、後のポジティブ心理学運動の礎となり、セリグマン自身もその中心的役割を担っています。

セリグマンの経歴は輝かしいものです。プリンストン大学で哲学の学位を取得した後、ペンシルバニア大学で心理学の博士号を取得しました。コーネル大学での教鞭を経て再びペンシルバニア大学に戻り、教授として長年心理学教育に携わっています。現在もペンシルバニア大学のポジティブ心理学センターの長を務めています。

1970年代には、学習性無力感に関する研究に没頭しました。これは、動物実験を通して、回避不可能な苦痛に繰り返しさらされると、やがて主体的な行動を放棄してしまうという現象を解明したものです。この研究は、うつ病などの精神疾患の理解に大きな貢献を果たし、セリグマンの国際的な名声を確立しました。

しかし、セリグマンの転機は、娘の事故がきっかけでした。この出来事を境に、ネガティブな思考にとらわれるのではなく、ポジティブな側面に目を向けることが幸福の鍵であると考えるようになりました。この経験が、彼をポジティブ心理学という新たな研究領域へと導きました。ポジティブ心理学は、従来の心理学が主に精神疾患の治療に焦点を当ててきたのに対し、人間の幸福や強み、成長の可能性に注目する学問です。セリグマンは、ポジティブ心理学の創設者として、この分野の発展に多大な貢献をしました。

哲学的な素養を持つセリグマンは、ポジティブ心理学における幸福の探求を、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが提唱した「エウダイモニア」（幸福な人生）という概念と結び付けています。これは、単なる快楽や満足感にとどまらず、より充実感に満ちた、意義のある人生を送ることを意味します。

セリグマンの研究成果は、数多くの学術論文や一般向け書籍を通して広く世界に発信されています。代表的な著書としては、『うつ病の行動学―学習性絶望感とは何か』(1985)、『オプティミストはなぜ成功するか』(1993)、『世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人生』(2004)、『つよい子を育てるこころのワクチンーメゲない、キレない、ウツにならないABC思考法』(2003)、『ポジティブ心理学の挑戦ー"幸福"から"持続的幸福"へ』(2014)などが挙げられます。これらの著書は、心理学の専門家だけでなく、一般の人々にも広く読まれ、幸福な生き方について考えるきっかけを与えました。

1998年には、アメリカ心理学会（APA）の会長を務めるなど、心理学界におけるセリグマンの影響力は絶大です。彼の研究と著作は、ポジティブ心理学という新たなパラダイムを確立し、世界中の多くの人々に幸福な人生を送るための指針を与え続けています。ポジティブ心理学センターの設立など、教育・研究活動を通じて、心理学の未来を担う人材育成にも貢献しています。セリグマンの功績は、単に心理学の分野にとどまらず、現代社会における幸福論に大きな影響を与え続けていると言えるでしょう。

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