マーティン・チャズルウィット

『マーティン・チャズルウィット』は、チャールズ・ディケンズが1843年から1844年にかけて発表した長編小説です。6作目にあたる本作は、月刊誌で連載され、当時大きな話題を呼びました。

物語の中心は、マーティン・チャズルウィットという青年の成長物語です。彼は、利己的で金に汚い祖父や周囲の人々との葛藤を通して、人生の試練を乗り越えていきます。物語は、ペテンや偽善といった人間の負の側面を鋭くえぐりつつ、真の友情や愛情の大切さを教えてくれます。

マーティン老人は莫大な富を所有する一方、身勝手な親族たちに悩まされてきました。彼は何度も遺言状を作成しては破棄し、その心の葛藤は物語全体に影を落とします。マーティン青年は、そんな祖父との確執、そして恋人のメアリーとの関係の中で、自らの生き方を模索していきます。

物語の重要な転換点となるのが、マーティン青年のアメリカへの旅です。これは、ディケンズ自身のアメリカ旅行体験に基づいたエピソードであり、物語にリアリティと深みを与えています。アメリカでの経験は、マーティン青年を大きく成長させ、彼の性格や価値観を変化させます。

物語には様々な登場人物が登場します。偽善者で建築家と称するセス・ペックスニフは、自身の才能がなく、他人の作品を盗作する人物として描かれ、マーティン青年と対立します。ペックスニフの助手トム・ピンチは、純粋で善良な人物ですが、ペックスニフの偽善に気づかず、苦悩します。看護婦のセアラ・ギャンプは、当時の医療現場の実態を反映した人物として、風刺の対象となっています。さらに、詐欺師のモンタギュー・ティッグは、ペックスニフらから資金を騙し取るなど、様々な悪事を働きます。

これらの登場人物たちは、それぞれ個性的な性格と背景を持ち、物語に複雑さと奥行きを与えています。彼らの人間関係や葛藤を通して、ディケンズは当時の社会問題や人間の弱点を鋭く批判しています。

マーティン青年は、アメリカでの冒険を通して、自身の弱さや過ちを克服し、真の成長を遂げます。彼は、友情や愛情の大切さを学び、より人間味あふれる人物へと変わっていきます。物語の終盤では、彼が過去のわだかまりを乗り越え、新たな人生を歩み始める姿が描かれています。

『マーティン・チャズルウィット』は、単なる冒険小説や恋愛小説にとどまらず、社会風刺や人間ドラマを巧みに織り交ぜた作品です。ディケンズの優れた描写力とストーリーテリングによって、読者は登場人物たちの感情や葛藤に深く共感し、物語の世界に引き込まれていきます。様々な解釈が可能な作品であり、何度も読み返したくなる魅力に満ちた小説と言えるでしょう。

日本では、北川悌二氏による翻訳が広く知られています。また、1937年には『千鶴井家の人々』という題名で翻案された作品も存在します。さらに、1994年にはイギリスでドラマ化され、日本でもDVDが発売されています。これらの作品を通じて、多くの人々が『マーティン・チャズルウィット』の世界に触れてきました。

もう一度検索