マーヴィン・ハリス

マーヴィン・ハリス（Marvin Harris, 1927年 8月18日 - 2001年 10月25日）は、20世紀後半のアメリカ合衆国を代表する文化人類学者の一人です。フロリダ大学で名誉教授の地位に就き、その学問的なキャリアを通じて、特に文化唯物論（Cultural Materialism）と呼ばれる理論的枠組みを提唱し、発展させたことで知られています。この視点は、人類学における社会や文化の理解に大きな影響を与えました。

経歴

ハリスは1927年 8月18日にニューヨーク市のブルックリンで生を受けました。彼の幼少期は、1929年の世界恐慌がもたらした経済的な困難と密接に関わっていました。青年期には軍隊に入隊し、第二次世界大戦中は軍務に就いていました。戦後、1944年に復員兵援護法（G.I. Bill）に基づく支援を受け、コロンビア大学に進学します。同大学では、人類学者のチャールズ・ワグレーに師事し、卒業研究ではブラジルに関する詳細な調査を行いました。大学卒業後、彼はコロンビア大学で助教授を務め、研究者としてのキャリアを歩み始めました。1957年にはアフリカ南東部のモザンビークでの現地調査を実施し、その後の研究活動の基礎を築きました。2001年 10月25日、ハリスはフロリダ州ゲインズビルでその生涯を終えました。

研究と思想：文化唯物論

ハリスの学術的な貢献の中心は、彼が体系化し発展させた文化唯物論にあります。この理論は、人間の社会や文化の構造や機能が、その社会が利用できる技術、環境、そして人口動態といった物質的な基盤によって根本的に規定されるという考え方に基づいています。彼は、カール・マルクスが提唱した生産力（社会が生産活動を行う能力）の概念と、トマス・ロバート・マルサスによる人口統計学的な視点を理論の重要な要素として取り入れました。ハリスは、これらの物質的・生態学的な要因が、人々の社会的な関係性や組織構造、さらには信念、価値観、宗教といった観念的な文化のあり方を決定づける鍵であると論じました。

1968年に発表された彼の主要な著作の一つである『人類学理論の勃起（The Rise of Anthropological Theory）』は、人類学史における様々な理論的流れを整理・批判的に検討した大著であり、以降、ハリスは残りの研究人生を、文化と生態環境との相互作用、そして物質的な基盤が人間の行動や社会組織にどのように影響を与えるのかという問題の探求に費やしました。彼の著作は、専門的な学術書であると同時に、平易な言葉で書かれているものが多く、一般の読者にも広く読まれ、人類学の知見を広く普及させる役割も果たしました。

学術界での評価と影響

ハリスの明確で力強い主張と、物質的基盤に焦点を当てる文化唯物論は、人類学界において常に活発な議論を巻き起こしました。彼の理論には、その説得力と分析力に感銘を受け、忠実に追随する信奉者が多く現れた一方で、物質的な要因のみに文化を還元することへの反発や、他の理論的視点からの厳しい批判も絶えませんでした。特に、アメリカ人類学会（AAA）の年次総会では、ハリスの発表や講演は学会員から激しい質疑や反論を受けることが常であり、彼はしばしば議論の中心的人物となりました。このような状況は、彼の理論が人類学の学術的な探求に対し、大きな刺激と方向性を与えたことの証左とも言えます。

主要邦訳著作

ハリスの著作は日本でも多数翻訳されており、一般読者の間でも広く知られています。

『アメリカ・ナウ：なぜ、何もかもうまくいかないか』（1982年）
『アメリカは、なぜ：ひび割れ社会の文化人類学』（1984年）
『崩れゆくアメリカ』（1986年）
『変わりゆく現代アメリカ社会』（1986年）
『文化唯物論：マテリアルから世界を読む新たな方法』（1987年）
『文化の謎を解く：牛・豚・戦争・魔女』（1988年）
* 『ヒトはなぜヒトを食べたか：生態人類学から見た文化の起源』（1990年、1997年に文庫化）

これらの著作を通じて、ハリスは文化唯物論という分析ツールを提供し、人類の社会や文化に対する理解に新たな視点をもたらしました。彼の思想は、今日の人類学研究においても、なお議論と考察の対象となっています。

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