ミゲル・カント

メキシコが生んだ偉大なボクサー、ミゲル・カントは、1948年1月30日にこの世に生を受けた軽量級のファイターです。そのリング上での卓越した技術、特に防御とフットワークの巧みさから、まるでオーケストラの指揮者のように戦いをコントロールするとして、「マエストロ」の異名で称賛されました。

カントのプロキャリアは1969年2月5日に幕を開けますが、デビュー戦は3ラウンドでのTKO負けという、決して順調とは言えないスタートでした。しかし、彼は挫けず、着実に経験を積んでいきます。地元ユカタン州のフライ級王座に挑むも一度は引き分けに終わりますが、再挑戦で勝利し、タイトルを獲得。一度の防衛にも成功しました。

さらにキャリアを重ねたカントは、1972年1月にはメキシコ国内のフライ級王座決定戦を制し、国のチャンピオンとなります。国内王座を3度防衛して、その実力が国内トップクラスであることを証明しました。この国内王座在位中、プロ40戦目にして遂に世界タイトル初挑戦の機会を得ます。

1973年8月4日、空位となっていたWBC世界フライ級王座をかけ、ベネズエラのベツリオ・ゴンザレスと対戦。この試合はフルラウンドの激闘となりますが、判定の末に惜しくも敗れ、世界王座獲得はなりませんでした。しかし、この敗北が彼の向上心に火をつけたのか、その後もメキシコ国内王座の防衛を続け、その回数を計5度にまで伸ばしました。

そして1975年1月8日、カントに再び世界への扉が開かれます。前年にゴンザレスを破りWBC世界王者となっていた日本の小熊正二に対し、敵地での挑戦でした。高度なボクシング技術を駆使したカントは、15回判定で勝利を収め、プロ47戦目にしてついに念願の世界チャンピオンの座に輝きました。

ここからミゲル・カントの真骨頂が発揮されます。初挑戦で敗れたベツリオ・ゴンザレス、元WBA世界王者の花形進、そしてタイトルを奪った小熊正二といった世界の強豪からの挑戦を次々と退け、その巧みなディフェンスと正確なパンチでリングを支配しました。驚くべきは、その防衛回数です。彼は当時の世界フライ級における最多記録となる14度にまで防衛記録を伸ばし、長期にわたり軽量級のトップに君臨しました。

しかし、栄光は永遠ではありません。1979年3月18日に行われた15度目の防衛戦、敵地である韓国での朴賛希との対戦で、カントは15回判定負けを喫し、約4年3ヶ月にわたって守り抜いた王座を手放すこととなりました。同年9月には、王座奪回を期して朴と再戦しますが、結果は15回判定引き分けとなり、再び世界のベルトを巻くことは叶いませんでした。

世界タイトルを失った後も、カントはリングに上がり続けました。元WBC世界ジュニアフライ級（現ライトフライ級）王者の金性俊に判定勝ちを収めるなどの戦績を残し、同国の後進で後にWBC世界フライ級王者となるガブリエル・ベルナルとは二度対戦し、一勝一敗の記録を残しています。しかし、キャリアの晩年には3試合連続でKO負けを喫するなど、かつての輝きに陰りが見え始めました。そして、1982年に現役を引退、約13年間のプロボクサーとしてのキャリアにピリオドを打ちました。

ミゲル・カントを長きにわたり指導したトレーナー、ヘスス・リベロは、後に「ゴールデンボーイ」と呼ばれボクシング界のスーパースターとなるオスカー・デ・ラ・ホーヤを、オリンピック金メダル獲得後のプロ転向からパーネル・ウィテカーとの一戦後まで指導したことでも知られており、カントの卓越した技術の背景には名伯楽の存在がありました。

WBC世界フライ級王座を14度防衛という偉業を成し遂げたミゲル・カントは、「マエストロ」の名にふさわしい、ボクシング史にその名を刻むレジェンドとして記憶されています。

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