ミザリー (小説)

『ミザリー』（Misery）

『ミザリー』は、モダンホラーの巨匠スティーヴン・キングによって1987年に発表された長編サスペンス小説です。ベストセラー作家と、彼を崇拝するあまり常軌を逸した行動に出るファンとの閉鎖空間における対峙を描き、人間の心理的な闇と狂気を浮き彫りにしています。本作は発表後、1990年には映画化されて世界的にも高い評価を受け、日本でも複数回舞台化されるなど、メディアミックス展開も広く行われています。

あらすじ

主人公は、女性をヒロインとした人気ロマンス小説シリーズ『ミザリー』で多大な成功を収めた作家、ポール・シェルダン。彼は長年書き続けたこのシリーズに区切りをつけ、新たな作風に挑んだノンシリーズの小説『高速自動車』を書き上げたばかりでした。新作の草稿を携え、気分転換も兼ねて車で移動していた彼は、旅の途中で突然の猛吹雪に見舞われます。視界不良の中、運転を誤ったポールは崖から転落し、自動車は大破、自身も瀕死の重傷を負ってしまいます。

絶体絶命の窮地にあったポールは、偶然通りかかった元看護師のアニー・ウィルクスによって救出されます。アニーは人里離れた自宅にポールを運び込み、懸命な看護によって彼の命を救います。しかし、彼女は単なる善意の救助者ではありませんでした。アニーこそが、『ミザリー』シリーズの熱狂的な、そして常軌を逸した愛読者だったのです。

アニーは、発売されたばかりのシリーズ最終巻『ミザリーの子供』を読み、主人公ミザリーが死を迎える結末に激怒します。彼女の理想とはかけ離れた結末に納得できないアニーは、負傷により身動きが取れないポールに対し、恐ろしい要求を突きつけます。それは、完成したばかりの新作『高速自動車』を焼き捨てさせ、自身の意に沿う形で『ミザリー』の続編を書き直すことでした。

大雪によって外界から完全に隔離され、事故の負傷によって身体の自由を奪われたポールは、閉鎖空間でアニーの異常な愛情と理不尽な暴力に直面します。彼女の狂気は徐々にエスカレートし、ポールは自身の命と自由を取り戻すため、絶望的な状況下で心理的、肉体的な極限状態へと追い込まれます。作家が狂信的なファンによって軟禁され、創作活動を強いられるという独特の設定のもと、息詰まるサスペンスと、人間の精神の脆さ、そして強さが描かれていきます。

書籍情報

原作小説は1987年にアメリカで発表された後、翌1988年には複数の出版社からペーパーバック版やハードカバー版が刊行されました。1990年の映画化後にも、新たな版が発行されるなど、広く読まれています。

日本では、文藝春秋から1990年に単行本として初めて紹介され、翌1991年には文庫版も刊行されました。その後、1995年には講談社からも文庫版が登場するなど、複数の版元から出版されています。さらに、文春文庫からは2008年に装い新たな新装版が発売されるなど、日本でも長年にわたり多くの読者に愛され続けている作品です。

映像・舞台化

映画

1990年に映画化が実現しました。ロブ・ライナーが監督を務め、作家ポール・シェルダン役をジェームズ・カーンが、狂信的なファン、アニー・ウィルクス役をキャシー・ベイツが演じました。特にアニー役を演じたキャシー・ベイツの鬼気迫る迫真の演技は絶賛され、その年の第63回アカデミー賞において主演女優賞を見事に受賞しました。

舞台

日本でも舞台作品として上演されています。特に注目されたのは、2005年と2007年に上演されたプロダクションです。この舞台版では、松本祐子が演出を手がけ、主演を渡辺えり子と小日向文世が務めました。物語の主要人物である作家とファンのみが登場する、緊密な二人芝居として構成され、新宿シアターアプルでの公演をはじめ、埼玉、長野、福井、兵庫、山口、富山、山形、北海道など、全国各地で上演され好評を博しました。

関連事項

作中に登場するアニー・ウィルクスというキャラクターの恐ろしさには、実在の事件が影響している可能性が指摘されています。1970年代から80年代にかけて、アメリカで担当する乳幼児複数名を殺害したとされる准看護師、ジェニーン・ジョーンズの事件が、アニーの人物像を構築する上での一つの着想源となったのではないかと推測されています。

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