ミシェル＝シャルル・ル・セーヌ

ミシェル＝シャルル・ル・セーヌ

ミシェル＝シャルル・ル・セーヌ（Michel-Charles Le Cène、1683年または1684年 - 1743年4月29日）は、18世紀前半にオランダのアムステルダムで活動した、フランスのユグノー（プロテスタント）を背景に持つ著名な書籍および楽譜の印刷・出版・販売業者です。

ル・セーヌは、1684年頃、ノルマンディー地方のオンフルールにて、父シャルル・ル・セーヌ（1647年? - 1703年）のもとに生まれました。父は高名なプロテスタントの牧師であり神学者でした。1685年、フランス国王ルイ14世によるナントの勅令の撤回により、国内のプロテスタントへの迫害が激化する中、一家は信仰の自由を求めてイギリスへ亡命。父に伴われロンドンへと移住しました。ル・セーヌはロンドンで教育を受け、1706年頃からは出版業に携わるようになります。

1716年、ル・セーヌは出版業の中心地の一つであったアムステルダムへ渡ります。ここで、当時のヨーロッパ音楽出版界で絶大な影響力を持っていた出版社エティエンヌ・ロジェの長女、フランソワーズ（1694年 - 1723年）と結婚し、義父の事業に関わることとなります。結婚を通じてアムステルダムの出版界に深く入り込んだル・セーヌは、1720年には出版組合の会員資格を取得し、独立した事業を展開するに至りました。

アムステルダムでの事業開始後、ル・セーヌは複雑な形で義父ロジェの事業を継承することになります。ロジェは、自身が1722年に死去した後、長女フランソワーズではなく次女ジャンヌ・ロジェに事業を継がせようとしました。しかし、ロジェの死から間もなくジャンヌも世を去り、さらにジャンヌが事業を相続させたジェリット・ドリンクマンもまた程なくして亡くなってしまいます。この予期せぬ出来事が続いた結果、ル・セーヌはロジェ家の事業の相続権を得ることになり、ドリンクマンの未亡人から事業を買い取る形で、かつての義父の巨大な出版事業を引き継ぎました。しかし、皮肉なことに、事業継承の過程にあった1723年には妻フランソワーズも死去しています。

ロジェの事業を引き継いだル・セーヌは、その名を冠した形で活発な出版活動を展開しました。特に楽譜出版に力を入れ、自身が独立してから1743年に死去するまでに、約100点にも上る楽譜の初版を世に送り出しています。さらに、1724年からは、買収したエティエンヌ・ロジェ社の膨大なカタログの中から、過去の成功作品を「エティエンヌ・ロジェ＆ル・セーヌ」という共同名義で再版し、旧来の顧客層にもアピールしました。

ル・セーヌの出版物の中で最も有名なものの一つは、アントニオ・ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集『和声と創意の試み 作品8』です。この作品集には、今日「四季」として広く知られる4つの協奏曲が含まれており、ル・セーヌによるこの出版は、『四季』がヨーロッパ全土に普及する上で極めて重要な役割を果たしました。

1743年にミシェル＝シャルル・ル・セーヌが死去すると、その事業は書籍商のE. J. デ・ラ・コステによって買収されました。コステはロジェとル・セーヌが生前に出版した作品の全集目録を作成しましたが、出版業務自体は行わず、ル・セーヌの従業員であったアントワーヌ・シャローに会社を売却しました。しかし、この後、ル・セーヌ社としての事業は長く続かず、シャローへの売却からわずか2年後にはその幕を閉じたとされています。

ル・セーヌは、ユグノーとしての逆境を乗り越え、アムステルダムという国際的な出版拠点で成功を収めた人物であり、特にバロック後期の重要な楽譜を数多く世に送り出すことで、当時の音楽文化の普及に大きく貢献しました。彼の出版した楽譜は、今日でもその正確性や質の高さから、音楽史研究において重要な資料とされています。

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