ムースの隠遁

ムースの隠遁（ル・ルフュージュ）

2009年に製作されたフランスのドラマ映画。監督は、妊娠中の女優を起用して作品を撮りたいという長年の構想を持っていたフランソワ・オゾン。この願いは、実際に当時妊娠6カ月であったイザベル・カレを主演に迎えることで実現しました。

物語の中心となるのは、裕福ながらも恋人とともにドラッグ中毒に陥っていた若い女性ムース。ある日、突然のドラッグの過剰摂取により恋人のルイを亡くし、悲嘆に暮れるムースですが、自身もまた危篤状態から一命を取り留めた後、衝撃の事実を知らされます。それは、ルイとの子を妊娠しているというものでした。薬物依存の過去を持つムースにとって、妊娠・出産は危険を伴うとされ、ルイの母親からは厳しく反対されます。しかし、ムースは生まれてくる命を守ることを決意し、世間から離れて田舎でひっそりと暮らし始めます。これが、彼女の「隠遁」生活の始まりとなります。

穏やかな田舎での生活の中で、ムースのもとをルイの弟であるポールが訪ねてきます。彼はゲイであり、ルイとは血の繋がらない養子でした。ポールとの共同生活は、ムースにとって安らぎをもたらします。二人の間には、言葉は少なくとも、深い信頼関係が芽生えていきます。やがてポールは、村の青年セルジュと恋に落ち、三人は奇妙ながらも心を通わせるようになります。ある夜、ポールはムースに自身の過去、特に深く愛した人がいたが既に亡くなったこと、そして自身が養子であることを告白します。この「深く愛した人」が兄であるルイであったことが示唆され、ポールの抱える秘めた想いが明らかになります。

関係性が変化する中で、ポールとセルジュが喧嘩をした夜、泥酔したポールはムースのもとに戻り、二人は一夜を共にします。翌朝、穏やかな別れを告げてポールは去っていきますが、ムースは一人残り、様々な感情が入り混じった涙を流します。

月日が流れ、ムースはパリで無事に女の子を出産し、ルイーズと名付けます。病院にポールが見舞いに訪れると、ムースは生まれたばかりの娘をポールに預け、煙草を吸いに外へ出ます。しかし、そこでムースは突如として電車に乗り込み、そのまま姿を消してしまうのです。これは育児放棄ではなく、「まだ母親になる自信がない」「人生を学び直す時間が必要だ」というムース自身の選択でした。残されたルイーズをポールは愛情深く抱きかかえます。映画は、この新たな、そして少し歪ながらも確かに存在する家族の形が始まったところで幕を閉じます。

キャストには、主演のイザベル・カレがムース役を演じ、喪失と困惑、そしてかすかな希望を抱く女性の複雑な内面を表現しています。急死する恋人ルイ役にはメルヴィル・プポー。そして、ルイの弟ポール役として、フランスの人気歌手ルイ＝ロナン・ショワジーが映画に初出演し、同時に本作の音楽も手掛けています。彼の繊細な演技と音楽が、作品に深みを与えています。その他、ポールの恋人セルジュをピエール・ルイス＝カリクトが演じ、ルイとポールの両親役としてクレール・ヴェルネ、ジャン＝ピエール・アンドレアーニが出演しています。

作品評価については、フランスの映画レビューサイト「アロシネ」では、21のメディアの平均点が5点満点中3.1点と、概ね好意的に受け止められています。アメリカの「Rotten Tomatoes」では、37件の評論のうち86%が高評価を与え、平均点が10点満点中6.6点と高く評価されています。また、「Metacritic」では、10件の評論に基づいた平均点が100点満点中61点となり、賛否両論ながらも肯定的な評価が多く見られます。これらの評価は、本作が批評家から一定の注目を集めたことを示しています。

受賞歴としては、第57回サン・セバスティアン国際映画祭において、審査員特別賞を受賞しており、国際的な評価も得ています。

『ムースの隠遁』は、ドラッグ、死、妊娠、そして家族という重いテーマを扱いながらも、生きていくことの困難さや、予期せぬ人間関係から生まれる繋がり、そして自身にとっての「 refuge（避難場所）」を見つけようとする主人公の姿を通して、静かに、しかし力強く、再生への希望を描いた作品と言えるでしょう。

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