モーツァルトのヴァイオリンソナタ

モーツァルトのヴァイオリンソナタ

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲したヴァイオリンとピアノのためのソナタは、彼の初期から円熟期に至るまで、多様なスタイルで書かれた重要な器楽作品群である。これらの作品は、しばしばヴァイオリンとピアノ（あるいはチェンバロ）のために作曲されており、両楽器が対等に扱われることが特徴である。本稿では、これらの作品のリスト作成における複雑な歴史的背景と、いくつかの代表的な楽曲、特に断片として残された作品について詳述する。

作品リストの歴史と現行の分類

モーツァルトのヴァイオリンソナタの作品目録を整理する試みは古くから行われてきたが、その「数」をどのように数えるかについては、時代や研究者によって見解が異なってきた経緯がある。例えば、かつてはケッヘル目録の初期番号であるK. 55からK. 61までの7曲がヴァイオリンソナタとしてリストに加えられ、これらを含めた通し番号で呼ばれることが一般的であった。しかし、その後の詳細な研究により、これらの作品はモーツァルト自身の作品ではない、いわゆる「偽作」であることが明らかになった。現在では、これらの偽作を除外して通し番号を付与するのが国際的な主流の慣習となっている。にもかかわらず、日本の出版物や演奏会プログラムなどでは、未だに偽作を含んだ古い通し番号で表記されるケースが多く見受けられる点には注意が必要である。

さらに、権威ある「新モーツァルト全集」（Neue Mozart-Ausgabe）における分類は、より厳密な基準に基づいている。例えば、初期の作品群であるK. 10からK. 15までの6曲は、ヴァイオリンとピアノ（またはチェンバロ）に加えてチェロパートが独立して存在するため、ヴァイオリンソナタのカテゴリーではなく、「ピアノ三重奏曲」として扱われ、この全集のヴァイオリンソナタ巻からは除外されている。また、作曲の途中で放棄されたり、楽章の一部のみが完成されたりした未完成の作品も、正規の通し番号を持つヴァイオリンソナタとしては扱われていない。これには、アダージョとフーガ K. 372、ソナタ楽章（アダージョ）K. 402 (385e)、ソナタ楽章（アレグロ）K. 403 (385c)、ソナタ楽章（アダージョ）K. 404 (385d) などが含まれる。このように、モーツァルトのヴァイオリンソナタの作品数やリストは、どの基準を採用するかによって変動するため、参照する文献によって異なる表記が見られるのである。

著名な断片：アダージョ ハ短調 K. 396 (385f)

前述の未完成作品の中でも、特に重要な断片として知られるのが、アダージョ ハ短調 K. 396 (385f)である。この作品は、単一の楽章として構想されたヴァイオリンソナタの一部、あるいは独立した楽章として位置づけられることが多い。作曲されたのは、モーツァルトがウィーンに定住して間もない1782年の8月あるいは9月頃と推定されている。この時期は、彼の作曲様式が成熟期へと向かう重要な転換期にあたる。しかし、このアダージョは残念ながら完全な形では残されておらず、現在に伝わっているのは冒頭から27小節までの断片のみである。それでも、ハ短調という調性が持つ深い情緒と、抑制された中に情熱を秘めたモーツァルトらしい旋律運び、そしてヴァイオリンとピアノの書法からは、もし完成していれば傑作となったであろうポテンシャルを感じ取ることができる。この短い断片は、モーツァルトの創作過程や、未完に終わった彼の構想を知る上で貴重な資料となっている。

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