モーリス・バレス

モーリス・バレス（1862-1923）は、フランスを代表する小説家、ジャーナリスト、そして政治家でした。ロレーヌ地方の出身である彼は、幼少期にプロシアの占領を経験したことが、彼の人生観、ひいては後のナショナリズム思想の形成に大きな影響を与えたと言われています。ナンシー大学、パリ大学で学び、作家として活動を開始します。初期の小説『蛮族の眼の下で』は高く評価され、文名を高めました。

バレスは1889年から1893年、そして1906年から1923年まで、ナンシー地域選出の下院議員として政治の世界に身を投じます。彼の政治的立場は、フランスにおけるナショナリズム、そして反ユダヤ主義と深く結びついていました。1894年のドレフュス事件では、フランス統一を優先する立場から、エミール・ゾラらと激しく対立しました。また、1905年の政教分離法にも反対し、カトリック派を支持する立場から、ジャン・ジョレスやアリスティード・ブリアンらと激しい論争を繰り広げました。

政治活動の傍ら、バレスは旺盛な創作活動を続けました。彼の作品は、強いナショナリズム、土地への愛着、そして「血の繋がり」をテーマとしたものが多く見られます。代表作として挙げられるのは、三部作からなる『自我礼拝』や、『根こぎにされた人々』、『ベレニスの園』などです。これらの作品は、フランスの国民性、そして国民のアイデンティティを探求したものであり、20世紀前半のフランス青年知識人層に多大な影響を与えました。

しかし、彼の政治的立場は常に議論の的でした。とりわけ、反ユダヤ主義的な発言は、強い批判を呼びました。1921年には、アンドレ・ブルトンやトリスタン・ツァラらダダイスム、シュルレアリスムの芸術家たちによって「バレス裁判」という即興劇が上演され、バレスの極右的な思想が糾弾されました。

バレスの思想については、現在でも様々な解釈がなされています。アルベール・ティボーデは彼の思想の背後に国家社会主義的な信念を指摘し、ユージン・ウィーバーは「国民主義的社会主義」という概念に着目して、バレスの思想が国民社会主義の潮流の重要な位置を占めていると主張しています。ロバート・スーシーはバレスの思想をファシズムの前兆と位置づけ、ゼーヴ・スターンヘルは、バレスの思想に大衆信仰、民族主義、英雄崇拝といったファシズムの特徴を見出し、彼をファシズムの先駆者と位置づけています。ただし、スターンヘルの主張は、他の研究者から多くの批判を受けています。

バレスは1923年に亡くなり、国葬をもって送られました。彼の著作は数多く、小説、紀行文、政治評論など多岐に渡ります。日本においては、その政治的立場からか、作品が翻訳される機会は少なく、一般への知名度は高くありませんが、フランス文学史、そして20世紀前半のフランスの政治思想史において、無視できない存在であることは間違いありません。彼の作品は、フランスのナショナリズム、そして20世紀のヨーロッパにおける極右思想の理解に重要な手がかりを与えてくれるでしょう。

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