ヤジュル・ヴェーダ

ヤジュル・ヴェーダ：古代インド祭祀の記録

ヤジュル・ヴェーダは、バラモン教の聖典であるヴェーダの一つであり、古代インドの宗教儀式の中核をなす貴重な文献です。ヴェーダとは、古代インドの聖典群を指す言葉で、ヤジュル・ヴェーダはその中でも祭祀に特化した内容を有しています。

祭祀を司る言葉

ヤジュル・ヴェーダの中心は、祭祀の際に唱えられる「ヤジュス」と呼ばれる祭詞です。ヤジュスは、神々や祭具、供物などに呼びかけ、祭祀の効力を祈念する言葉であり、散文で書かれているものが多く、祭式の実際的な手順、供物の献呈方法などを詳細に記しています。韻文の部分はリグ・ヴェーダと共通する箇所が多いものの、ヤジュル・ヴェーダ独自の散文の祭文や祈りの言葉は、その重要性においてより大きな比重を占めています。

成立と伝承

ヤジュル・ヴェーダの成立年代は、紀元前800年頃を中心とする数百年間にわたると推定されています。成立後、様々な学派によって伝承され、解釈や内容に差異が生じました。パタンジャリによると、かつては101もの流派が存在したと伝えられています。

主要な学派とサンヒター

現在では、主に5つの学派によるサンヒター（聖典集）が伝わっています。これらは大きく分けて「黒ヤジュル・ヴェーダ」と「白ヤジュル・ヴェーダ」の二種類に分類されます。

黒ヤジュル・ヴェーダ: カタ派、カピシュタラ・カタ派、マイトラーヤニーヤ派、タイッティリーヤ派の4つの学派によるサンヒターが含まれます。これらは互いに密接な関係にあり、マントラだけでなく、神学的議論を含むブラーフマナ（解説書）的部分も含まれるのが特徴です。タイッティリーヤ派のみが独立したタイッティリーヤ・ブラーフマナを有していますが、他の学派はサンヒターの中にブラーフマナ相当の部分が統合されています。
白ヤジュル・ヴェーダ: ヴァージャサネーイ・サンヒターが含まれます。これは黒ヤジュル・ヴェーダとは異なり、祭官が唱えるマントラ（韻文と散文）のみを収録し、ブラーフマナは独立したシャタパタ・ブラーフマナとして存在します。白ヤジュル・ヴェーダはさらに、カーンヴァ派とマーディヤンディナ派の2つに細分化されますが、その違いは主に祭文の読み方の違いに限られます。

黒ヤジュル・ヴェーダと白ヤジュル・ヴェーダの主な違いは、ブラーフマナの存在様式です。黒ヤジュル・ヴェーダはサンヒターの中にブラーフマナ的部分を含んでおり、独立したブラーフマナを持たないのに対し、白ヤジュル・ヴェーダは独立した詳細なブラーフマナを有しています。また、黒ヤジュル・ヴェーダの方が白ヤジュル・ヴェーダよりも古く成立したと考えられています。

ヤジュル・ヴェーダの意義

ヤジュル・ヴェーダは、古代インドの祭祀の実態を詳細に伝える貴重な資料です。祭祀の言葉だけでなく、その手順や作法、神学的解釈までもが記録されており、古代インド社会の宗教観や文化を知る上で重要な役割を果たしています。様々な学派による伝承を通して、多様な解釈や発展を遂げたヤジュル・ヴェーダは、インド思想史における重要な位置を占めていると言えるでしょう。

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