ヤン・ニェメツ

ヤン・ニェメツ（1936年7月12日 - 2016年3月18日）は、チェコを代表する映画監督であり、特に1960年代のチェコ・ヌーヴェルヴァーグ運動において重要な役割を果たしました。映画史家ピーター・ヘイムズは彼を「チェコ・ヌーヴェルヴァーグのアンファン・テリブル（問題児）」と評しています。

生い立ちと初期のキャリア

1936年、プラハで生まれたニェメツは、1954年にプラハ芸術アカデミー映画学部（FAMU）に入学しました。在学中から助監督として経験を積み、1960年の卒業制作『一口分の食料』で、アムステルダム学生映画祭、オーバーハウゼン短編映画祭、メルボルン国際映画祭でそれぞれ賞を受賞し、24歳にして国際的な名声を得ました。

1964年には、長編映画監督デビュー作となる『夜のダイヤモンド』を発表。同作はマンハイム国際映画祭で大賞、ペサロ映画祭で国際批評家賞を受賞するなど、高い評価を受けました。この作品は、日本では1968年にATG配給で公開されています。

その後、1965年には、イジー・メンツェル、エヴァルト・ショルム、ヴェラ・ヒティロヴァ、ヤロミル・イレシュらと共に、オムニバス映画『海底の真珠』に参加しました。

亡命と帰国

1974年、ニェメツは政治亡命のため西ドイツへ渡り、その後スウェーデンやイギリスのテレビ界で活躍しました。その後、アメリカに移住しましたが、1989年11月にチェコに帰国。1993年には映画製作・配給会社「ヤン・ニェメツ・フィルム」を設立し、現在に至っています。

映画作家としてのスタイル

ニェメツの映画作家としてのキャリアは、1950年代末のプラハ芸術アカデミー映画学部在学中に始まりました。当時のチェコスロヴァキアはソ連の影響下にあり、表現の自由は制限されていましたが、1960年代には、ヤン・プロハースカのような影響力のある人物の存在により、チェコ映画は国際的に評価される創造的な波、「チェコ・ヌーヴェルヴァーグ」へと発展しました。ニェメツはその中心的な存在の一人でした。

卒業制作として、アルノシュト・ルスティクのホロコースト体験に基づく短編小説を翻案した『一口分の食料』を制作。後に監督した『夜のダイヤモンド』もホロコーストを題材とし、収容所へ向かう列車から逃亡する二人の少年の運命を描いています。この作品では、フラッシュバックや幻覚、複数の結末といった実験的な技法が用いられ、人間の極限状態における心理描写が追求されています。

1966年に制作された『祝祭と客』は、ニェメツの最も悪名高い作品として知られています。この作品は、ピクニックに出かけた友人たちが、サディスティックな宴に巻き込まれていく様子を描いています。この作品は共産主義体制を批判しているとみなされ、当局からの激しい批判を受けました。ニェメツは逮捕され、映画の上映も禁止されました。

政治的な批判を浴びる前に、ニェメツは『愛の殉教者たち』を完成させていました。この作品は政治的なテーマを避け、シュルレアリスム的な映像表現が特徴ですが、当局の意に沿うものではありませんでした。その後、ニェメツは政府の許可を得ずに『母と子』を制作し、オーバーハウゼン映画祭で賞を受賞しました。

1968年のソ連軍によるプラハ侵攻を記録したドキュメンタリー『プラハのためのオラトリオ』は、発禁処分を受けましたが、ニェメツが撮影した映像は、国際的な報道機関で侵攻の映像として使用されました。ニェメツは、ミラン・クンデラの小説を原作とした映画『存在の耐えられない軽さ』（1988年）のアドバイザーも務め、この作品でも彼のオリジナル映像が使用されています。

亡命後の活動

1968年以降、ニェメツはチェコスロヴァキアを離れ、ドイツ、アメリカへと移住しました。伝統的な映画制作が困難になったため、ビデオカメラを使った結婚式の記録映像の制作に取り組み、その先駆者となりました。

1989年の共産主義崩壊後、ニェメツはチェコに帰国し、『母との夜の会話』などの作品を制作しました。この作品は、ロカルノ国際映画祭で金豹賞を受賞しています。

ヤン・ニェメツは、その生涯を通じて、社会的なテーマや人間の心理を深く追求し、実験的な映像表現を追求し続けました。彼の作品は、チェコ映画史における重要な遺産として、今日でも多くの人々に影響を与え続けています。

もう一度検索